前田有一(まえだ・ゆういち)
自身が運営するHP「超映画批評」で“読者がお金を損しないための、本音の最新映画批評”を展開。雑誌やテレビ番組でも精力的に活動。著書に『それが映画をダメにする』(玄光社)。

作品情報
『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』(2010)

『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』
ビデオ撮影が趣味のティエリー・グエッタが様々なグラフィティ・アーティストと出会い、その素顔を撮影するうちに、念願だった伝説のアーティスト・バンクシーとの接触が叶う。アートの知識も技術もないティエリーがやがて、バンクシーによってアーティスト “ミスター・ブレインウォッシュ” に仕立て上げられ、ついには個展を開くことに。全ては仕組まれたことなのか、あるいはリアルなドキュメンタリーなのか……。

制作国:アメリカ・イギリス
監督:バンクシー
出演:ティエリー・グエッタ a.k.a.
ミスター・ブレインウォッシュほか
価格:3,800円+税
発売元:パルコ、アップリンク
販売元:KADOKAWA

「これは僕の映画を作ろうとした男の映画だ。
僕よりはるかに面白いから彼を主人公にした」

『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』(10年、米・英)はアート映画としては異色の、しかし抜群に面白い作品だ。ちまたでは、謎のアーティストことバンクシー自らが監督し、アート界の暗部を描いた作品と称され、米アカデミー賞ドキュメンタリー長編賞にもノミネートされた。

だが改めて見てみると、そんな表層的な解説ではすまされぬ独創性と知性が本作からは見て取れる。そこで本稿では、映画分析を生業とする者として、絵やタギングではなく映画から“バンクシー”の本質を探ってみたい。

オープニングは、警察の目をかいくぐる緊迫感あふれる街中でのグラフィティ制作シーン。ファンの期待は盛り上がるが、次にバンクシー本人と思しき男性が登場し、開口一番、冒頭のセリフを放って仰天させる。黒いパーカーのフードを目深にかぶり、逆光で表情がうかがえないまま薄気味悪い合成音声でこちらを突き放す。続いて始まるのは、そのしょぼくれた主人公とやら=古着屋店主ティエリーのマヌケな生い立ち物語だ。その落差に、またも観客は面食らう。

(c) Alamy

およそアート映画でこんな始まりの映画はほかにない。インティファーダの男が花束を投げるがごとき、意表を突くアイデアマン=バンクシーの独壇場と言えるだろう。

ティエリーは誰彼構わずビデオカメラで撮影しまくる習性を持つ変人なのだが、やがてグラフィティに興味を持つと、異様なまでの図々しさでライターたちを追いかけ回す。結果、2000年代のグラフィックシーンの秘めたる制作現場、あまつさえバンクシーの企業秘密(?)にまで肉薄する。ど素人ならではの無欲さと、どこか憎めない人柄の勝利だ。

私が本作で感心した点は3つある。一つは監督バンクシーの卓越した構成力。二つ目は高いセルフブランディング能力。三つめは多義的な暗喩の巧みさだ。これは彼のアート作品全般の特徴でもあり、誤解を恐れずに言えば、この映画は美術界批判というよりは、こうしたバンクシーの魅力を伝えるプロモーションビデオに近い。

構成のうまさは後半、自分を天才芸術家と思い込んだティエリーが暴走を始める想定外の展開によく現れている。天下のバンクシーがこの変人に振り回される姿は爆笑を誘い、しかし見捨てず支援の手を差し伸べる優しさには心温まる。

この時、凡人たる自分をティエリーに重ね合わせていた(むろん監督によって意図的に感情移入させられていた)観客は、人情味あふれるバンクシーの行動に感激して彼を大好きになるだろう。序盤の不気味なパーカー姿がここでギャップ効果として生きてくる仕組みだ。

スリル、笑い、感動。映画文法のお手本のような感情誘導で観客をコントロールするバンクシー監督の手腕には、長編一作目とは思えぬ老練(ろうれん)さがある。徹底してわき役に徹し、登場シーンも少ないバンクシーが、よくよく見れば本作で一番株を上げている。

かつて彼は『風船と少女』を落札直後のオークション会場でシュレッダーにかけ話題になったが、この映画の構成力の高さから考えれば、裁断後に逆に価値が高騰したことも、商業主義への批判精神が絶賛され評価を上げた点も、すべて想定済みのセルフブランディングだったのだろうと思わせる。

地元ブリストルのあるキュレーターは彼の活動を「綿密な計算に基づく」と評し、「芸術家であり実業家」とまで言う人もいる。悪い意味ではなく、圧倒的表現力を備えた発信者という点では私も同意する。

映画の終盤、実力ゼロのティエリーが巨大イベントに挑むシーンは、美術業界の見る目の無さを風刺したものと見られているが、同時にそれを生み出したのが自分という、二重の皮肉も見て取れる。

先日、新型コロナウィルスと戦う医療現場へバンクシーが送った、看護師のヒーロー人形で遊ぶ子どもの絵が話題になった。あの作品も、医療関係者へのリスペクトとともに、子どもの片隅に打ち捨てられた過去のヒーロー人形を描くことで「そんな風潮もすぐ忘れられる」との多重のアイロニーを込めたようにも見える。解釈の分かれる暗喩を重ねて議論を巻き起こすのは、まさにバンクシーらしさと言える。

映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』は、作品作りの舞台裏を見せ人々の興味を満たし、強烈な風刺劇で人々の心をざわつかせる。しかし最後は誰もがバンクシーに魅了されて終わるという、まごうかたなき彼のグラフィティそのものというわけだ。

バンクシーに関連する映画作品

『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』(2014)

2013年10月1日にスタートしたバンクシーのニューヨークでのゲリラ展示は、毎日1点を場所を明かさずニューヨークの路上に展示、公式サイトに投稿するというもの。まるで宝探しのように街を駆け巡るファンや人々の様子を綴ったドキュメンタリー。

『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』(2014)
価格:3,400円+税
発売元:パルコ、アップリンク
販売元:TCエンタテインメント

『バンクシーを盗んだ男』(2018)

バンクシーがパレスチナに描いた壁画が勝手にオークションに出品される。その5年後、監督マルコ・プロゼルピオはベツレヘムで取材を開始する。ストリート・アートのあるべき姿、芸術と価値、そして著作権問題についての問題点を検証するドキュメンタリー。

『バンクシーを盗んだ男』(2018)
価格:3,800円+税
発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテイメント
提供:シンカ

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