時代の流れに対応した応用力が鞄産業の歴史をつくった

日本における4大鞄産地といえば、東京・名古屋・大阪、そして兵庫県豊岡市である。その中で豊岡だけが持つ特徴が2点ある。ひとつは大都市圏ではないこと。もうひとつは、杞柳(きりゅう)や籐(とう)で編み上げた籠を発祥としている地域であることだ。

豊岡杞柳細工は、今から1200年以上前の奈良時代に作られていたことでも証明されるように、非常に古い歴史を持つ。豊岡市を南北に流れる円山川の湿地帯には、もともと杞柳が自生していたとされ、安土桃山時代から本格的に製造技術が磨かれていった。

続く江戸時代には豊岡地域だけの専売制が敷かれたことから、豊岡杞柳細工はあっという間にこの地域に広まっていった。

丈夫なこともあるが、とにかく軽くて使い勝手が良かったことと、様々なサイズが作れたことから、明治・大正・昭和と産業として続き、太平洋戦争時には軍需用として重宝された。つまり、柳行李(やなぎごうり)は和製鞄そのものであった。

明治時代に入って、渡航する人々は皮革製の鞄を目にすることはあったが、輸入に頼るしかなかった皮革は高価で、そう簡単に作ることなどできなかった。そこで豊岡の職人は柳行李を2つ組み合わせ、どのような持ち方でも収容物が飛び出さないように、3本の革ベルトを使ってキッチリと締められる「行李鞄」を作った。

杞柳細工から始まった鞄作り、その技術の応用は次々と広がっていく。昭和に入って間もなく、木綿やパルプ繊維を固めた堅紙によるファイバーを材料にして鞄を開発。これが全国でヒットしていった。

昭和11年(1936)のベルリン五輪では、日本選手団の鞄として正式に採用。全員が携帯するなど、ここでも豊岡製の鞄は一時代を作ったのである。

太平洋戦争後の昭和20年代、豊岡では杞柳とファイバーが2大素材だったものの、行李が原材料である杞柳の不足で衰退し、さらに昭和30年代直前にかけての朝鮮戦争後の不況によって、ファイバー製鞄も徐々に立ち行かなくなっていく。

全国的な鞄不況が続くなかで救世主となったのは、塩化ビニールレザーの登場だった。合成皮革、あるいは人工皮革と呼ばれることの多い塩化ビニールレザーは、品質が均一で大きさや形の制約も受けないうえ、本皮革に比べて手入れが簡単で軽量だった。

これらを利点に塩化ビニールレザー製鞄は、瞬く間に全国で売れ始めた。特に昭和28年(1953)頃に誕生したオープンケースは、昭和33年頃からの岩戸景気を追い風にして、爆発的な売り上げを記録した。

従来のスーツケースの胴枠を改造して、外型崩れ防止にピアノ線を使用したオープンケースは、軽くて強靭だった。また、これより1年ほどして登場したスマートケースは、女性を中心に飛ぶように売れた。

この時、東京・名古屋・大阪と同様に、オープンケース製造企業の協会支部が豊岡にも発足した。昭和32年のデータによると、協会が認めた証票交付の年間数は豊岡の24万に対し、東京が22万3100、以下、大阪6万、名古屋4万が続き、いかに豊岡が鞄の一大生産地であったかを裏付ける数字ともなっている。この時に、4大鞄生産地は確率したといっても差し支えはないだろう。

以降、ピーク時には生産高で全国の80%を閉めるほどまでになった豊岡だったが、ここ20年は中国やベトナムからの輸入製品に押され、苦しい道のりを歩み始めている。

また、良くも悪くもキーワードとして浮上するのはOEM(相手先ブランドによる販売製品)生産が中心となっていることだ。その性格上、ブランドやメーカーの名前を出すことはできないが、日本で売られている誰もが知っている大手メーカーの製品、あるいは海外有名ブランドのライセンス提携による日本企業生産品の多くは、ここ、豊岡の企業の手によるものと考えて良いだろう。

ここには二律背反が同居する。OEM品の製造は発注元である大手企業がしっかりしていれば、年間生産高を確保できるものの、永遠にそれが続く保証はない。また、OEM生産はあくまでも大手企業が企画し、それに沿って生産するものだ。だからこそ、どんな要求にも応えられる高い技術力と応用力、生産能力が求められるのだが、一方で豊岡の名前は表に出ず、ブランドの育成にはつながりにくい側面がある。

こうしたことを背景に鞄産地の取り組みとして、2002年には昭和を伝えるバッグを現代版にリメイクした女性向けの「豊岡グラフィティ」を、2003年にはビジネスに特化した男性ブランド「豊岡トラディショナル」を相次いで打ち出した。2005年、兵庫県鞄工業組合が中心となってスタートした地域ブランド「豊岡鞄」は、翌年、鞄としては全国で唯一、特許庁に商標登録が認められたのだった。

「豊岡鞄」とは、組合が定めた厳しい基準を満たした製品に対し、つけることのできるブランドである。商品個々に申請し、認定されれば商標登録証とともに、「豊岡で作られ、豊岡が品質を保証する鞄」として認められる。もちろん、流行を意識した若者向けの商品など、あえて申請をしない製品も多い。

時代時代で変わる材料に対応しながらクラフトマンシップの伝承を進めてきた豊岡の鞄産業のプライド。それがブランドをつくるまでに至っているのだ。

公式HP:豊岡鞄

※2013年取材

文/市川徹 写真/渡部健五