セルビアをご存知だろうか。

「あ~スペインだっけ」と返されることは少なくない。そういう時、現地に長く住む日本人は「こっちにも床屋はありますがね」とニヤリと笑う(ロッシーニのオペラの皮肉だ)。国名を知っている人も内戦をイメージする場合が多い。危なくないの? 街は破壊されたのでは?はっきり断言する。安全だ。そして楽しい。というよりも、ユーゴスラビア解体から各地域の独立へと至る間、セルビアは一度も戦場にはなっていない。

1999年、コソボ紛争に際してNATO軍の一方的な空爆を受けたのみだ。3カ月に及ぶ激しい空爆は橋や学校、病院、放送局なども破壊した。しかし2003年に初めて訪れて以来、常に目にするのは平穏な街の姿だ。首都ベオグラードの中心部には、大きく崩れたままのビルもあるにはある。モニュメンタルな意味で残してあるのかとタクシー運転手に聞くと、「お金がないから直せないだけだよ」カラッと笑う。なんというか、明るい。〝セルビアはバルカンのラテンだからね〟という知人の言葉を思い出す。

セルビアはバルカン半島の内陸に位置する。ドナウ川とサヴァ川の合流点にあるベオグラードは、旧ユーゴスラビア時代の首都でもあり、古代からヨーロッパとアジアを結ぶ交通の要衝だった。ケルト人の手で街が築かれたのは紀元前3世紀という。スラヴ人が入ってからも街は幾度も破壊され再生した。料理や伝統衣装にどこかトルコ的な気配が残るのは、オスマン帝国の支配も経たからだろう。

著名人ではサッカーのストイコビッチ、テニスではジョコビッチなど。古くは交流電気方式を発明したニコラ・テスラもセルビア人だ。映画好きならエミール・クストリッツァ監督の作品を思い浮かべてほしい。セルビアを舞台にした数々の作では盛大に鳴り響くバルカンブラスの音色とともに、ユーモアと狂騒、人間賛歌ともいえる温かさが展開される。そういう国なのだ。人々は温かく、ちょっとおっちょこちょいで、歌や踊りが大好き。遠い将来よりも今の人生を楽しむ。そして非常に親日的だ。

街にはエアコン付きの立派なバスがいくつも走っている。車体の脇には日の丸。〝日本国民からの贈り物〟の文字も入っている。紛争後の復興のため、日本から贈られた100台だ。飲み屋ではこちらがヤパンスキ(日本人)とわかると破顔一笑、「おお、そうか! まぁ一杯飲め」と声をかけてくる。「ヒロシマは知っている」と静かな声で語る時、彼らの心にはアメリカ主導だった空爆を経ての思いも込められているに違いない。

2011年、東日本大震災の数日後には寄付活動が始まった。ベオグラード中心部の広場には多くのセルビア人が集まり、赤と白の服や傘で日の丸を表現して黙祷した。送られた義援金約2億円。震災7カ月後時点で世界5位、ヨーロッパではトップの額だ。失業率20%、平均月収5万円足らずの国で、である。そのことはもっと知られていていい。

月収5万円弱というと非常に貧しい国を想像するかもしれない。確かに経済は厳しい。けれどもラテン気質ゆえなのか、街は賑わい、歩く人々はオシャレだ。スーパーでは何でも揃うし、旧市街の石畳の道には歴史ある書店やすぐれた現代アートのギャラリーも立ち並び、路上音楽家や手製のレース編みを売る老婦人たちもいる。街路にテーブルを並べたカフェもそこら中にあり、なんでも人口対カフェ数は世界一なのだそうだ。

 物価が非常に安いのは旅人にはありがたい。例えばホテルのカフェで飲むカプチーノが250円弱、2人で居酒屋に入ってしっかり飲み食いしても2000円前後だ。スーパーでは地産ワインが300円程度で買える。もちろん地方に行けばもっと安く済む。

 何度か訪ねるうち、街は徐々に変わってきた。まるで見かけることのなかったアジア人ツアー客の姿もずいぶん目にするようになった。一番驚いたのは、ベオグラードの紀元前からの要塞カレメグダンの手前に大きなショッピングセンターができていたことだ。モダンで広く明るく、海外ブランドも数多く入っている。そしてここには誰でも自由に使える美しいトイレがある! 海外を旅するといつも困るのがトイレ事情だ。カフェに入るか、数少ない有料トイレを探すか。ああこの国は、チトー大統領がまとめ上げた独自の社会主義国家ユーゴスラビアの記憶を遥かに、はっきりと先を目指そうとしているのだと実感させられたのだった。

「この国の資本主義はまだ始まったばかり」と、ある大学教授は話す。初の私立大学もできた。また、社会主義体制になる前の土地所有権に関しても、これからの課題になりそうだと言う。

夕刻、石畳の道をぶらぶらと歩き、カレメグダンに向かう。広い要塞のところどころにあるカフェでは家族連れや若者たちが憩う。昼間のツアー客たちは観光立国クロアチアに去り、この国の人々の日常の時間がある。ビールのグラスを傾けながら眺めるドナウの向こうは、広い公園を隔てた新市街だ。川面にはいくつものフロートレストランが浮かぶ。

おそらく観光を期待して行く場所ではない。人の暮らしに触れ、住んでいるがごとくに街を歩くことで見えてくる現在。だからこそ、今のセルビアが面白い。

<写真・文/秋川ゆか>
フリーランスライター。国内外の伝統文化や工芸、アート、建築などを主に執筆している。セルビアへは2003年以来8度の渡航。首都ベオグラードを中心に各地を訪ね、現地でのアートプロジェクトにも関わる。