56565「なぜこれを自分が持つのか、ストーリーを大事にしている」|漫画家・かっぴー

「なぜこれを自分が持つのか、ストーリーを大事にしている」|漫画家・かっぴー

男の隠れ家編集部
編集部
多くのクリエイターから大絶賛されている漫画『左ききのエレン』。作者のかっぴーさんは広告会社出身で、そこから漫画家になった異例の経歴の持ち主だ。これまでのキャリアを振り返ってもらいながら、人生観を見つめ直すキッカケとなった愛用品とのストーリーを語ってもらった。
目次

【プロフィール】漫画家 かっぴー
1985年、神奈川生まれ。武蔵野美術大学を卒業後、大手広告代理店のアートディレクターや、WEB制作会社のプランナーとして働く。趣味で描いた漫画『フェイスブックポリス』を作品配信サイト・noteに掲載し、大きく注目を集めることに。2016年に株式会社なつやすみを設立し、漫画家として独立。実体験を元にした数々の漫画が多くの読者を魅了している。

昔は「漫画家になりたい」と夢見る少年だった

「子供の頃に漫画家になりたいって多いじゃないですか。あくまでその中の1人という感じで、具体的に漫画を描いたり、出版社に持ち込みした経験もなくて。小学校のころは、漫画をちょっと描いて友達に見せる程度でした」

しかし、幼少期に憧れた“漫画家”という夢も中学、高校に上がるにつれて一旦忘れてしまう。それでも、心のどこかに“ものづくりをしたい”という淡い想いだけは忘れていなかった。そんなかっぴーさんの目に飛び込んできたのが、アートディレクターという仕事だった。

「将来を考えた時にアートディレクターという広告の仕事を知りました。プランニングや企画、CMのストーリー作成、デザインなど様々な仕事ができるんだと。それで、猛勉強して美大に行って広告代理店に入社したんです」

憧れの広告業界での仕事だったが、想像していた世界とは違ったと言う。脚光を浴びる機会は訪れず、若手の埋もれている広告のデザイナーとして過ごしていた。そして、描いていた理想像からこれ以上かけ離れてはいけないと、かっぴーさんは行動に移した。

「転職をきっかけに改めて自己紹介をしたいなと思って、CMの仕事で絵コンテはたくさん描いていたので、その流れで久々に漫画を描いてみたんです。転職先は、面白法人カヤックという会社だったのですが、みんなすごい個性豊かなので、個性を出さないと埋もれると思って。自分を知ってもらうために、変わったやり方として漫画を描いてみたんです」

その際に描いたのが『フェイスブックポリス』という漫画だった。転職先でも「おもしろい」と絶賛してくれたので、ひとまずネットにアップしてみた。すると想像以上の話題になった。「漫画を描いてください」と企業や雑誌から依頼が舞い込み、かっぴーさんの心も次第に揺れ動くことになる。

「7年広告業界で働いていたので、漫画家になろうとは全然思っていませんでした。けど、せっかくだから“求められているうちに描きたいことを描きたいな”と思ったんです。そこで、何を描きたいかを考えた時に、“広告業界の片隅で見たリアル”を自分の目線で描きたいなと」

それが大手広告代理店を舞台にした群像劇、『左ききのエレン』の誕生した瞬間だった。

自分の描きたかったものは「天才じゃない側の人間の葛藤」

『左ききのエレン』は、大手広告代理店に勤める駆け出しのデザイナーが、いつか有名になることを夢みてがむしゃらに働く姿をリアルに描いている。

キャッチコピーは「天才になれなかった全ての人へ」

このキャッチコピーが驚くほど刺さり、クリエイターをはじめ、様々なビジネスパーソンにも話題となった。かっぴーさんが描いた初の長編ストーリー漫画は、「cakes」で連載し、『少年ジャンプ+』で掲載され、ついにはテレビドラマ化にまで発展した。

「自分の中で大きなテーマである“クリエイター”を題材にしていますが、自分も天才じゃないと思って生きてきたので、“天才じゃない側の人間”の感情を描こうと思いましたね。僕は基本的に自分が言いたいことを描いているだけなんです。人に対して何か伝えるとかいう以前に、自分が思っていることを描きたいというほうが大きいんです」

かっぴーさんが漫画を描くうえで大事にしていることは、売れることを一番重要視しないことだと言う。そこに左右されると描きたいものを描けなかったりする。それでも、漫画家としての目指すべきゴールを明確にイメージしていた。

「国民的ヒット作品を作りたいとは思っていませんが、自分と同じ感性を持った人がこれぐらいいるだろうという期待はあるんですよね。その期待がまだ叶っていないので、もっと読んでほしいとは思っています。2,000万部売り上げる作品を作ろうとは思ってませんが、今の倍は売れてほしいなと思っていますね」

愛妻家の一面を覗かせる、お気に入りの財布
【DIOR カードホルダー】

「DIOR カードホルダー」を持つに至ったストーリーとは

転職や独立、結婚といったライフステージの変化がありながらも、「これがあったことで人生に良い影響を与えてくれた」と言える愛用品があると話すかっぴーさん。

「一つ目は、財布です。洋服は着替えるけど財布って毎日同じものを使うじゃないですか。それなのに財布がずっと決まらなかったんですよ」

かっぴーさんの財布歴史を聞いてみると、20代前半でアレキサンダーマックイーンのドクロ財布を持ち、漫画として成功してからは、ヴィトンとシュプリームのコラボ財布を持っていた。

「若いころは、財布って、自分がどう見られたいかを象徴していると思ったんですよね。だから羽振りと言ったらあれですけど、成功者というか成功した感を出したかったというか(笑)。でも、違和感や照れが出てきて、手放すことにしました」

自身が持ちたい財布のイメージが変わることになったのは、結婚した妻の影響だった。妻との出会いを通じて人の感性や真理眼を教えてもらい、本当に自分に合うものはなんだろうと考え始めたのがキッカケになった。それで新たに選んだ財布がDIORのカードホルダーだ。

「ブランド品ではあるんですが、さして高いものではありません。ただ、自分の中のストーリーを大事にしています。奥さんがディオール好きでバッグなど持っているんですけど、この財布と同じテキスタイル柄が使われているんです。女性が持つバッグをお揃いにするのは変だけど、財布でお揃いはちょっと嬉しいなというか」

結婚する前は、人にどう思われたいかを気にして財布を持っていたが、妻との出会いで“自分がどう愛着を持つか”という価値基準に変わった。毎日使うからこそ、大事にしたいアイテムの一つだと言う。

“自分にとって良いモノ”を思い出させてくれるリュック
【UNTRACE KNAP PACK】

クリエイティブ仲間と共に生み出した「UNTRACE KNAP PACK」

「二つ目に紹介するのは、リュックですね。去年ぐらいに作った『UNTRACE』のリュックなんですよ」

『UNTRACE』というアパレルブランドは、かっぴーさんがクリエイティブ仲間たちと立ち上げたデザインレーベルだ。コンセプトとして掲げるのは、“自分らが一番使いたいものを作ろう”。

「つまりクリエイターのために作っているんですよね」と、かっぴーさんが教えてくれた。

デザインや機能など全てにこだわり、収納力も抜群

「UNTRACEはメンバー全員がクリエイターなので、ポケットの感じや、シワになってもすぐ伸びるような素材感など、自分たちが身につけて気持ちいいと感じられるものを作っています。そして、その集大成がこのリュックで、ずっと愛用しているんです。機能性もあり、大容量で軽い。出張でも手放せないですね」

「UNTRACE」のメンバーにはスポーツをやる人が多かったため、リュックにはシューズやバスケボールなどを入れられる。また、生地は水を通さないスリーレイヤーで、穴が開きにくい丈夫さも魅力だと言う。

「自分たちのライフスタイルに合わせて作っているんですよね。それを僕らが使って完成するという感じ。このリュックを使うたびに、本当に使いやすく自分にとって良いものを使いたいということを思い出させてくれるというか。“自分にとって一番気持ちいいのはこれだな”というのを自分たちで作れたので、達成感や思い入れも大きいですね」

初めて購入した 【アート作品】 に込められた想い

アートディレクター・小野清詞さんによる作品

最後に紹介してくれたのは、6年前に初めて買ったというアート。そこには、どんなストーリーが潜んでいるのか?

「仕事でお世話になっているアートディレクター・小野さんという方の作品です」

『左ききのエレン』に登場するアートディレクター・神谷雄介は、小野清詞さんをイメージして描いていたと言う。

「僕の中のすごいクリエイターの筆頭だった人。そんな小野さんがアート活動もされていて、この作品はrejectorという名義でやられているんです。初めて展示会に行った際に『めちゃくちゃカッコいいな』と一目惚れしましたね」

小野清詞さんの作品は階段の側にも飾られている

かっぴーさんにとっては、初めてアートを購入する機会にめぐまれた。自分も作品づくりをするため、なおさら「俺が買って良いの?」と何度も自問自答したと言う。

「持つべき人が持つものだとか、洋服と違って一点ものなので、持つことにも責任がある気がするんですよ。ただの買い物じゃないので、作品を持つということを重く考えすぎちゃう。だから、自分にゆかりがないと手が出なかったんです。でも、これは自分が尊敬している人の作品だし、初めて買っていいんだと思って買わせてもらった作品ですね」

初めてアートを買った時の気持ちを忘れないように、この作品をずっと手放さずに持っている。このアートを見るたびにモノへの愛着や持ち方、自分が手にする動機などを思い出すためだ。

「ここ最近買ったものが、一番自分らしいと思います。漫画家としてちょっと売れ始めた時に買ったものって、最近では使っていないというか。より自分の本質に従っているみたいな感じなんですね。なんでこれを買うのかという自分の中でストーリーを大事にする意識を強く持ちましたね」

「いろんな人に助けられたからこそ、自分だけの力で挑戦してみたい」

財布やリュック、アート作品を手にしたことが、仕事観・人生観にも大きく影響を与えたと言うかっぴーさん。

「お金も有限だし、時間も有限だから、自分がやるべきことじゃないことにお金を使ったり時間を使ったりするのって、面白くないなと思うようになりました。だから、漫画に限らずアパレルの会社を作ったりしているのも、自分が面白いって思えることが漫画以外でもあるんだったら、それをやればいいと思っているんですよね。僕はそういうふうに仕事を選んだり、ものを選んだりしています」

そんなかっぴーさんが見据える、2022年の目標を最後に聞いてみた。

「去年までは、いろんな人に助けられていたんですよね。2020年に再編集版漫画化のクラウドファンディングが行われ、漫画カテゴリー日本最高額となる総支援額5,368万円を集めましたけど、大勢の人たちに助けられて実現した企画だったんですよ。 そういうありがたいことが続いて今年どうしようかなと考えた時に、1人で頑張ろうと思ったんですよね。1人で頑張れることを作ろうと思って、自分の作品だけで個展に挑戦したいなと。いろんな人に助けられてきたからこそ、1人の時間をもう少し増やしてみようかなとか思っていますね」

【かっぴーさんの愛用品】

■DIOR カードホルダー

自分視点ではなく、人生のパートナーである奥さんからの視点で購入することとなったカードホルダー。気に入ったポイントは、奥さんのバッグとお揃いの柄だ。ただ、奥さんはお揃いの柄がついたDIORのバッグを使うことをもったいなく思い、なかなか使ってくれないという。

■UNTRACE KNAP PACK

かっぴーさんがクリエイティブ仲間たちと一緒に立ち上げたアパレルブランド「UNTRACE」の集大成とも言える逸品だ。クリエイターのために作られたリュックは、仕事からプライベートまで幅広く使うことができ、「自分にとって一番気持ちいいのはこれ」と言えるほど、使い心地の良さと愛着が際立つ。

■アート作品

本作は、かっぴーさんが尊敬するアートディレクター・小野清詞さんによるもの。アート作品を持つことに対して重く捉えていたが、尊敬している人の作品であり、作品自体にも惚れ込んでいたため、初めて「自分が買っていいんだ」と感じたと言う。「この作品を見るたびに、モノを手にする動機や愛着など、初心に帰らせてくれる」と、かっぴーさんは語る。

<作品情報>
『左ききのエレン』
主人公の朝倉光一は、大手広告会社に勤めるデザイナー。彼は高校生の時にエレンという少女と出会ったことを機に、自身と天才との間にある大きな壁に悩む日々を送る。キャッチコピーにある「天才になれなかった全ての人へ」は、理想と現実のギャップを痛感したかっぴーさんだからこそ描ける世界観だろう。クリエイターをはじめ、様々な読者の心に深く刺さる本作を、ぜひ手に取って読んでみてほしい。

出版社:集英社
価格:484円(税込)/冊

文/池田鉄平 撮影/井野友樹

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