105296これが僕の、原酒であり原点。初めて会いに行った日本酒『素顔』片山酒造(栃木)|「サケとエンタメ」まず喋りたいこの酒一本

これが僕の、原酒であり原点。初めて会いに行った日本酒『素顔』片山酒造(栃木)|「サケとエンタメ」まず喋りたいこの酒一本

ストレッチーズ・福島敏貴
ストレッチーズ・福島敏貴
お酒を飲みたい!喋りたい!マイクを持ったエンタメのプロ集団『サケとエンタメ』が贈るコラム。お笑い芸人、女優、アナウンサー、シンガー、全員が酒に関する資格を持ち、美味しい楽しい酒と食への偏愛を語ります。(にほんしゅ 北井一彰 / にほんしゅ あさやん / ストレッチーズ 福島敏貴 / 藤井21 / 利き酒師アナウンサー石川奈津紀 / 児玉アメリア彩 / 氏家エイミー)
目次
長い歴史が流れる片山酒造さんの前で

「まず喋りたい日本酒の一本は?」と聞かれたとき、僕はいつもある一本の酒と、ある日の出来事を思い出す。このコラムでは、日本酒という飲みものと本気で出会った経緯から、仕事として関わるようになるまでの道のり、そして今の自分にとって“原点”とも呼べる一本、原酒「素顔」との出会いについて書いていきたい。 読了する頃には、きっとあなたの冷蔵庫に「素顔」のスペースが空いているかもしれない。

忘れられたレビューが叫ぶ!いや、酒ぶ!蘇る記憶『素顔』が僕を呼び戻す

「素顔」純米吟醸生原酒

今回、まず喋りたい一本として選んだのは「素顔」だ。改めてどんなお酒か調べていると、日本酒レビューサイトで有名なSAKETIMEに「素顔」のレビューが投稿されているのを見つけた。読んでみると、とても良い感想で、しかも僕と似たような感覚の方が書いたのだと思っていたら、なんとそれが自分の書いた内容だった。「これぞ生原酒というかんじで日本酒の旨味が詰まっている。軟水で口当たりが良い。思ったより甘口ではない。割と淡麗で非常に飲みやすい。香りはそこまで強くないが、米の旨みは非常に強く感じる。透き通るような色と濁りのない味が、手間をかけて作り上げた日本酒という感じがする」我ながら、香りと味わいを端的に色濃く表現できていると思う。自分の感想を久しぶりに読んで、また素顔が飲みたくなってしまった。

笑いと涙の映画が、僕を日本酒の旅へと連れていった 「男はつらいよ」

 僕と日本酒の最初の出会いは、2018年9月6日。鶯谷の小野照先神社で「ビールを1年間飲まないので、どうか仕事をください」と、真剣な祈りを捧げたあの日から始まった。

僕は2014年4月にお笑い芸人の道へ踏み出したものの、現実は厳しかった。週5で塾講師のアルバイトをこなし、お金も趣味もなく、思いつく限りの努力を重ねてもなかなか結果は出ず、交通費程度しか貰えないお笑いライブに出続けるだけの毎日が続いていた。そんな張り詰めた日々の中、ある先輩がすすめてくれた「男はつらいよ」を人生で初めて観ることになった。

寅さんの人懐っこい笑顔と、昭和の人々の温かさに心を奪われた僕は、時間を持て余していたこともあり、なんと毎日6時間も観続け、全49作品をわずか2週間で見終えてしまった。

寅さんへの熱が燃え上がり、渥美清さんのことを調べると、彼もまた長い間売れない時代があったことを知った。そして、彼がその苦しい時期を乗り越えるために、小野照先神社で「タバコを一生吸いませんので仕事をください」と祈り、その日に『男はつらいよ』のオファーが舞い込んだという有名な逸話に心を動かされた。

僕もその奇跡に是が非でもあやかりたいと願ったが、愛煙家の僕にとって「タバコを一生やめる」はあまりにも厳しい約束だった。そこで代わりに、自分の一番の楽しみであるビールを1年間飲まないという誓いを掲げ、小野照先神社で仕事が舞い込むようにと祈った。と、ここまで読んで「日本酒度マイナス10くらいの甘口な誓いだな」と思った方。おそらく神様も、同じように思ったのだろう。

なぜなら、まさかの数時間後、その日の夕方のニュースで『男はつらいよ』22年ぶりの新作発表が飛び込んできたからだ。
仕事をもらったのは、僕ではなく、寅さんだった。

小野照先神社でビール断ちを誓った時の写真
今でも思えている寅さんに仕事が入ったことを知った夕方のニュース 出典:『男はつらいよ』22年ぶり新作!渥美清さん主演、2019年公開へ|シネマトゥデイ

ビール断ちはつらいよ。さくらではなく、日本酒がすべてを癒す

 そうして始まった、僕の1年間のビール禁止生活。思っていたよりもずっと辛くて、禁止すればするほど、ビールへの渇望は募っていった。飲み会では、無理やりハイボールを選び、心の中で「本当はビールが飲みたい」と葛藤しながらもグラスを傾ける。トイレに立った隙に、先輩がそっと瓶ビールを注いでくれたが、迷いながらも断り、結局先輩は僕の分まで二つのコップでビールを飲む羽目に。街の電気屋さんの看板に灯る豆電球の黄色さえも、僕の目にはビールの黄金色に見え、どうしようもない気持ちを抑えきれなかった。そんな時は、麦茶を炭酸水で割った、ほんのりと麦の香りがする「麦炭酸」を飲んでごまかし、心を落ち着かせていた。

そんなギリギリの状態が続くなか、意外なことに僕の心が本当に安らいだのは、ビールではなく、別のお酒を口にしたときだった。ある日、気を紛らわせるために飲んだ日本酒を口に含み、ふと気づいたのだ。

お酒にしては甘くて、でも何度か口にすると、ほのかな酸と苦みが奥に潜んでいることが分かる。単純ではない、掴みきれない奥行きがそこにある。炭酸のような軽快さはないが、お冷の水よりも澄みわたり、不思議と胸の奥がすっと晴れるような感覚になった。

「日本酒って、こんなに美味しかったっけ?」

日本酒といえば、大学生の頃に罰ゲームで飲まされたあの苦い思い出や、正月に飲む“年寄りの味”というイメージしかなかった。特に注目したことも、深く味わったこともなかった。でも振り返れば、この身長180cmの体も、思春期の僕に毎日米を2合食べさせてくれた両親のおかげであり、僕の心の奥底には、米への愛情がしっかり根付いていたのだ。

僕はずっと、自分には夢中になれるものや趣味がないんだと思っていた。でも実は、僕が熱中できるものは”とっくに”、いや、“とっくり”の中にずっと存在していたのだ。

「好き」が「熱中」に変わった日 〜日本酒検定のこと〜

 それからは一気に日本酒が好きになり、居酒屋へ行くと自然と日本酒ばかりを注文する日が増えていった。日本酒にはちょっと難解な漢字読みが結構ある。ある日、いつものように気になる銘柄を注文すると、店員さんがふとこう言った。

「お客さん、十水(とみず)って読めるんですね。日本酒に詳しいんですね」

その一言で、埼玉県立浦和高校卒、慶應義塾大学卒という“試験コンプ勢”だった僕の心に、ふつふつと勉強の虫の火が灯ったのだ。あとは一直線、日本酒の熱燗のごとく熱中し始めた瞬間だった。

その日を境に日本酒検定の猛勉強を始め、すぐに日本酒検定3級を取得。久しぶりに目にした「合格」の文字は、長らく忘れていた自信を呼び覚ます快感だった。

そして、そこから毎年ひとつずつ、日本酒検定2級、準1級、そして1級へと、着実に日本酒検定の階段を上っていった。受験生の頃以来となる図書館での勉強は苦ではなく、むしろ心が躍った。知識が増えれば増えるほど、自分が感じ取れる日本酒の味わいが深まり、よりいっそう美味しさを楽しめるようになったからだ。

そうして知識と実践を重ねるうちに、いつしか日本酒は、僕にとって一番愛おしいお酒になっていた。

日本酒検定の認定カードと合否結果通知書
日本酒名人の証明書

心を震わせた最初の一歩、片山酒造見学

 そうして僕は、日本酒の世界にどっぷり浸かり始めた。そうなれば自然と、教科書で覚えた酒蔵の道具や風景を自分の目と舌で確かめたくなっていた。

しかし、僕は車の免許を持っていなかった。酒蔵はたいてい山奥にあると知り、水と米が豊富に必要だから当然のことだと理解しつつ、少し気持ちは沈んでいた。

そんな僕に、まるで春の光のように届いた朗報があった。東京都内から電車で行けて、最寄駅から徒歩わずか9分。さらに特急も停まるという、3月の新生活に即決したくなるような“好酒蔵”が見つかったのだ。

それが、栃木県日光市の片山酒造さんだった。創業は明治13年。下今市駅から歩いて9分の場所にある、140年以上の歴史ある酒蔵だ。さらに調べてみると、地下16メートルから汲み上げる日光の名水が日本酒造りには欠かせない仕込み水になっており、それを自由に汲んで持ち帰ってよいことを知った。僕はワクワクした気持ちを胸に、空の2リットルペットボトルを7本もスーツケースに詰め込み、片山酒造さんへ向かった。

下今市駅からガラガラとスーツケースを引きながら、これから向き合う初めての酒蔵訪問に心は期待でいっぱいだった。

酒蔵に足を踏み入れると、奥へと続く薄暗い空間が広がり、目を凝らすと使い込まれた酒造りの道具が雑然と置かれているのが見えた。遠くの方からは何かの作業音がかすかに聞こえてくる。

その瞬間、僕は感じた。まるでインターホンも鳴らさず、誰かの家にそっと上がり込んでしまったような、背徳にも似た感覚に包まれたのだ。

歴史と伝統を感じる片山酒造さんの蔵内

 しばらくすると、蔵人と思われる男性が現れた。にこやかな笑顔で「ようこそお出でくださいました」と温かく迎えてくれた。その優しい声に、緊張していた僕の心もふっと和らいだ。

作業の手を止めさせてしまうことに申し訳なさを感じつつも、その蔵人さんは片山酒造の歴史や酒造りの細かな工程を丁寧に教えてくれた。

案内された蔵の奥深く。今では多くの酒蔵が大量生産のために使う薮田式(やぶたしき)の機械ではなく、ここでは昭和30年代から使われている手間のかかる佐瀬式の搾り機が静かに息づいていることを知った。

麴室(こうじむろ)をそっと外から覗き込み、子どもの頃に動物園で見た象のように大きな琺瑯(ほうろう)製のタンクを見上げる。

清潔な空気が満ちるこの場所で、こうして日本酒が丁寧に造られている。その事実に僕は胸が熱くなり、僕はいつしか深い感動に包まれていた。

きな琺瑯(ほうろう)製のタンク
佐瀬式の搾り機の前で

「素顔」を飲んで素顔になる。味わいを「知る」から「わかる」へ

 最後に試飲をさせていただけることになり、まずは蔵人さんから丁寧に商品ラインナップの説明が始まった。

「こちらが純米吟醸で〜」と真剣に話されるのを遮って、僕はつい日本酒検定で覚えた知識を披露してしまった。

「お米を40%以上削って造られた日本酒ですよね!!」

蔵人さんは「お詳しいですね〜」と微笑みつつも、どこか引いているのがわかり、少し空気が固まった。

さらに調子に乗って「酒粕も売られているんですね。実は酒粕は山上憶良の『貧窮問答歌』で貧困の象徴として登場していて〜」と、知識をひけらかすがために暴走し、蔵人さんに本格的に引かれてしまった。

それでも蔵人さんは快く試飲を許してくれ、僕はそこで生まれたばかりの日本酒の生原酒を初めて口にした。

一口飲んだ瞬間「美味い」という言葉しか頭に浮かばなかった。

正直、検定で習った「濃醇で〜」「無濾過ならではの〜」「火入れされていないから〜」といった言葉の数々を使うつもりでいたのに、その味の前では全てが霞み、「美味しい」以外の言葉が出てこなかった。

まるで、日本酒知識という化粧が一気に剥がれ落ちて、酒そのものの“素顔”と対面したような感覚だった。

後で冷静に振り返ると、手間暇かけて造られたその「素顔」は、透き通るような透明感と共に、口いっぱいにお米の旨味がじゅわっと広がり、自然と口が大きくなってしまうほど。

喉を通り抜けると身体にスッと染み込み、後味は驚くほどさっぱりしていて、気づけばまたすぐにもう一杯飲みたくなる、そんな魔法のような日本酒だった。

それから僕は「素顔」に夢中になり、翌年も片山酒造さんを訪れることになった。

ぜひ皆さんにも一度、片山酒造さんを訪ねてほしいのである。

原酒にこだわるがゆえに近隣の酒屋では扱っておらず、蔵で直接買うか、片山酒造さんの公式HPから通販でしか手に入らない貴重な日本酒。

そんな酒こそ、ぜひ酒蔵へ足を運び、その場で味わってみてほしい。

たまに都内のイベントにも参加されることがあるので、情報をチェックして、ぜひその日に合わせて会いに行くのもおすすめだ。

美味しい水の代償 〜14リットルの教訓〜

実は、片山酒造さんでもう一つ大事なことを教わった。

片山酒造さんで、持参したペットボトルに14リットルもの仕込み水を汲んで持ち帰った僕は、その美味しさに感動し、少しずつ大切に飲んでいた。

しかし、数日後2本目のペットボトルを開けた瞬間、なんとも嫌な臭いが鼻をついた。

慌ててネットで調べてみると、驚いたことに「水は腐る」という事実を知ったのだ。

今まで市販のミネラルウォーターは賞味期限が長いと思っていたし、自宅にも常備していたから、そんなことは考えもしなかった。

だが、この片山酒造さんの水は、井戸から直接引き、何も加えていない新鮮な水だからこそ、その美味しさが際立っている反面、数日で腐ってしまう性質があった。

汲んで持ち帰った14リットルの水

苦労して運んだ14リットルの美味しい水は、僕の無知ゆえに12リットル分が腐ってしまったのだ。

この経験は、単なる美味しい日本酒の実体験以上に、自分の未熟さと自然の繊細さを教えてくれた瞬間でもあった。

「断ち祈願」から、お笑いと日本酒の大海原へ(おわりに)

 鶯谷の小野照先神社で「ビールを1年間飲まないので、仕事をください」と真剣に拝んだあの日から、日本酒への想いが静かに芽生え始めた。すぐに仕事が入ったわけではなかったが、その後お笑いの大会で優勝し、少しずつテレビやラジオなどメディアにも出演できるようになり、やっとアルバイトも辞めることができた。

フジテレビONE「酒ては通れない旅」でのオフショット

何よりも、今こうして「サケとエンタメ」という日本酒最強ユニットの一員になれたことが、あの時の願いが届いた何よりの証だと感じている。日本酒のお仕事も徐々にいただけるようになり、ウェスタ川越での日本酒イベント「大地酒まつり」にゲスト出演したり、フジテレビONEの「酒ては通れない旅」という日本酒ロケ番組を、元ヤクルトスワローズ監督の真中満さんと一緒にやらせていただいたりと、有難い日々を送っている。

今振り返ると、あの日、神社で手を合わせたことが、自分の覚悟を決めた大切な節目だったのだと思う。
これからも、芸人としての活動と日本酒との歩みを両立させながら、前に進んでいきたい。
そんな僕の、ありのままの「素顔」が垣間見えるこのコラムを、これからも楽しんでいただけたら嬉しい。

コラムリレー、次の走酒、いや走者は利き酒師アナウンサーの石川奈津紀さんです!よろしくお願いします!

【ストレッチーズ福島のこの1本】

「原酒 素顔」片山酒造(栃木県)

https://www.kashiwazakari.com/

【味わい】

日光連山より流れ出る大谷川の伏流水「千両水」 が口当たりのよい軟水で、搾り終わったお酒に水を加えない原酒に、圧力をかける前に自然と染み出た希少な部分だけを、ろ過も熱処理もせずに瓶詰めした完全な生原酒は、まろやかな味わいと香りの中に、フレッシュかつ濃厚な米の旨味が感じられる。

【酒蔵情報】

初代創業者は新潟から出稼ぎで来ていたが、日光連山からの美味しい伏流水に出会い、明治13年に栃木県日光の地に酒造を創業。 JR「下今市駅」から徒歩で約15分。今は珍しい、時間も手間もかかる「佐瀬式」 を使用しての製法を創業以来続けている。日本酒本来の味をお客様に味わってもらいたい、その想いから直販のみの販売をしている。

ストレッチーズ・福島敏貴
ストレッチーズ・福島敏貴

日本酒検定1 級、日本酒名人認定。フジテレビ ONE「真中満の酒ては通れない旅」という日本酒特化
番組に出演中。埼玉県出身、県立浦和高校、慶應義塾大学卒業。太田プロダクション所属。
2014 年からストレッチーズというお笑いコンビ(ボケ担当)で、主に漫才をしながら多ジャンルで
活動。ツギクル芸人グランプリ 2022 優勝、M-1 グランプリ 2022 準決勝進出。主なメディ
ア出演歴は「Q さま」「有吉の壁」「新春!爆笑ヒットパレード」「全力!脱力タイムズ」「ラ
ヴィット!」「オールナイトニッポン 0」「相棒」等。

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