37582人を虜にする魅惑のスピリッツ 深遠なるウイスキーの世界へ

人を虜にする魅惑のスピリッツ 深遠なるウイスキーの世界へ

男の隠れ家編集部
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なぜ、人はかくも“ウイスキー”という酒に惹きつけられるのか?妖艶な色と香り、味わいの奥に秘められた、歴史が静かに語りかけてくる。
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土屋 守(つちや まもる)
作家・ジャーナリスト・ウイスキー評論家。1954年、新潟県生まれ。学習院大学文学部卒。1987年から93年までイギリス在住。イギリス文化に精通し、なかでもスコッチ・ウイスキーに詳しい。1998年ハイランド・ディスティラーズ社より「世界のウイスキーライター5人」の1人に選ばれる。ウイスキー専門誌『Whisky Galore』の編集長を務めるほか、『シングルモルトウィスキー大全』『ブレンデッドウィスキー大全』(小学館)、『シングルモルトを愉しむ』 (光文社)、『竹鶴政孝とウイスキー』(東京書籍)など著書多数。NHK連続テレビ小説『マッサン』ではウイスキー考証を担当した。

ウイスキーは世界中の国々で造られているが、「穀物を原料に糖化・発酵・蒸留を行い、木の樽で熟成させたもの」というのが、共通認識だ。したがって同じ蒸留酒でもブドウなどを原料とするブランデーやコニャックはウイスキーと呼ばれることはないし、同じ穀物を原料とした酒でも、ビールなどは蒸留していないのでウイスキーと呼ばれることはない。また穀物を原料に蒸留したジンやウォッカは、木の樽で寝かせることはないので、これもウイスキーと呼ばれることはない。つまり1.穀物原料、2.蒸留、3.木樽熟成という3つの要件を満たしてはじめて、ウイスキーと呼称できるのだ。

では、ウイスキーはいつ頃、どこで誕生したのか。ウイスキーの語源はゲール語(アイルランド、スコットランドの母語)で『命の水』を意味する“ウシュクベーハ”、あるいは“ウスカバッハ”だといわれている。ウシュク、ウスカは水のことで、ベーハ、バッハは命のことである。

もともと西暦10世紀頃に、キリスト教文化とともにアイルランドに伝わったもので、修道院が不老不死の妙薬として、その製法を秘匿してきた。それが宗教改革で民間にも伝わったもので、文献的には1494年に書かれた「修道士ジョン・コーに8ボルの麦芽を与えてアクアヴィテを造らしむ」という記録が最古といわれている。これは仔牛の革に書かれたスコットランド王家の出納記録で、8ボルは当時の単位で、約500キログラムに相当する。

今でもスコッチとアイリッシュのどちらが古いかということが話題になるが、文献的にはスコットランドに軍配が上がる。ただキリスト教化、修道院文化はアイルランドのほうが古く、一般的にはアイルランドからスコットランドにウイスキー造りが伝わったとするほうが妥当性がある。

それはさておきウイスキーが産業化するのは、スコッチにブレンデッドウイスキーが誕生した19世紀半ば以降のことである。それまではスコッチもアイリッシュも、農家が余剰穀物から細々と造っていた地酒に過ぎなかった。ウイスキーには大麦麦芽のみを原料としたモルトウイスキーと、トウモロコシなどを主原料としたグレーンウイスキーの2つが存在するが、この両者を混ぜて(ブレンドして)、飲みやすく、しかも安価に造れるようにしたのが、スコッチのブレンデッドウイスキーである。大英帝国がもっとも繁栄したヴィクトリア朝の頃で、瞬く間に世界中を席巻した。

それから130年近いウイスキーの歴史は、ブレンデッドの時代と言ってもいい。ジョニーウォーカーやバランタイン、シーバスリーガル、デュワーズ、ホワイトホースといった世界的なブランドは、すべてこの頃に誕生した酒である。

そのブレンデッド全盛時代に革命を起こしたのが、1990年代に相次いで発売されたシングルモルトであった。シングルモルトは、一つの蒸留所で造られたモルトウイスキーのみを瓶詰めしたもので、ブレンデッドとは対極の酒であった。もともとモルトウイスキーはブレンデッドの原酒であったが、一つとして同じ味のものはなく、蒸留所が違えばすべて風味が異なるとも言われた。

ブレンデッドは数十のモルト原酒とグレーン原酒を混ぜ合わせたもので、ブレンダーという、人がつくる“芸術”であるのに対して、シングルモルトは生一本の酒で、風土が造る酒である。大量生産、大量消費のマスの酒ではなく、個性が追求された90年代からミレニアムにかけて、世界中で静かなブームとなっていった。


スコットランドのダフタウンにあるグレンフィディック蒸溜所の熟成庫。シングルモルトの代表銘柄のひとつ。提供/サントリーホールディングス(株)

そして今、このシングルモルトブームが引き起こした新たな革命が、世界中に誕生しているクラフトウイスキー、クラフト蒸留所ブームである。今から20年前、世界には“5大ウイスキー”と呼ばれるウイスキーしかなく、それがウイスキー生産量の99%近くを占めていた。

スコッチやアイリッシュ、アメリカンやカナディアン、ジャパニーズの蒸留所をトータルしても、その数150ほどでしかなかったのが、現在は2,000ヵ所以上となっている。スコッチはここ10年で50近く増えているし、アイリッシュは3つしかなかった蒸留所が、現在は40ヵ所以上となっている。アメリカンは、その数1,800ともいい、誰も正確な数字は掴み切れていない。ジャパニーズも、ここ3~4年で30近くが増えている。

さらに、その勢いは5大ウイスキーに限らずインドや台湾、イスラエル、アフリカの国々、オーストラリア、ニュージーランド、そしてヨーロッパの国々へと広がり、今や世界のどこかで、一日に一つの割合で蒸留所が誕生しているとも言われる時代となった。

世界的なコロナ禍で話題になることは少ないが、ウイスキーは長い歴史の中で何度も危機に直面してきた。それを乗り越えてきたのは、ウイスキーのもつ際立った個性と、人々を魅了してやまないその旨さ、そして人生になくてはならない、『命の水』だったからだと思っている。

【スコッチウイスキー】
スコットランドで製造されるウイスキーで、日本において世界5大ウイスキーのひとつに数えられる。麦芽を発酵させる前に泥炭(ピート)で乾燥させるため独特の煙臭がある。

【ヴィクトリア朝】
イギリスにおけるヴィクトリア女王(1837~1901)による治世。イギリスが「世界の工場」として覇権を握っていた繁栄と栄光の時代と重なり、工業化や都市化が進んだ。

【シングルモルト】
モルトウイスキーのなかで、単一蒸溜所の原酒で造られたウイスキーのこと。それぞれの土地の水や風土、気候などが醸し出す蒸溜所ごとの独特の味わいが人気を呼んでいる。

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