今では「乃木」といえば、「乃木坂46」であろうが

東京・赤坂にある乃木(のぎ)神社。乃木坂の名前を聞くと「乃木坂46」というアイドル・グループを連想する人も多いかもしれない。もちろん、それらは明治の偉人・乃木希典(まれすけ=1849~1912)に由来することは、いうまでもない。

長州(山口県)の支藩、長府藩の藩士として生まれ、日露戦争では陸軍大将・第三軍の司令官として活躍。1904年(明治37年)に難攻不落といわれた旅順要塞を総攻撃し、203高地を攻略。「軍神」と称された。

その乃木大将が、晩年に愛した温泉地が栃木県・奥那須である。リウマチや痔をわずらっていた彼は、忙しく働く合間に湯治へ出かけた。はじめは那須湯本に何度か泊まり、そのうちに山中の奥那須へと足を向けるようになったという。

標高1300mの山中に、隠れ家のごとく

そして、こちらが定宿としていた「大丸温泉旅館」。湯本から那須岳の方へだいぶ登った奥那須の一軒宿で、標高1300mの山中にある。江戸時代後期に開業した老舗らしい、上品で落ち着きのある構えだ。

乃木はここでの湯治が気に入ったせいか、那須の石林に別荘まで構えた(現在の西那須野駅の近く。ここにも乃木神社がある)。何度か休職しては、那須で農業に精を出す日々が続き、「大丸温泉旅館」にもほぼ毎年夏になると顔を出していたそうだ。

妻・静子とふたりで来ることもあれば、母の壽子を連れて来ることもあった。現在の玄関脇に、昔は欲舎付きの離れが建っていた。そこが乃木の滞在所だった。

「2〜3回、湯本へ湯治に来られて、そのうち奥那須まで足を延ばされ、当館に初めて来られたのが明治23年(1890年)6月と聞いています。5、6泊されて湯をお気に召して、晩年まで定宿にしていただいたようです」と、6代目主人・大高要之さんにうかがった。

それを示すかのように、館内のロビーの一面には遺品が数多く置かれている。名刺や茶碗、物入れにシャツ、スリッパ、手紙……などさまざまなものがあり見飽きることがない。

乃木が通うようになったころ、まだ子どもだった3代目主人・市左衛門は、夫妻の世話をするうちに可愛がられるようになった。そのうち、「東京へ来なさい」と、赤坂の乃木邸に書生として勤めることになる。日露戦争終結の翌年、1908年(明治41年)、市左衛門・16歳のときだった。

当時、乃木は58歳。目白にあった学習院の院長をしていた。自身も寮に泊まり込み、生徒や職員たちと寝食をともにして教育に打ち込んでいた。

ふたりの息子を日露戦争で亡くした乃木は、将来、この国を背負っていく少年たちのことを本気で想い、育てていた。市左衛門は、乃木の身の回りを世話しながら、そんな優しい人柄に触れたという。

夫妻は市左衛門を連れて信州へ旅行し、上諏訪温泉や浅間温泉に泊まった。乃木が中耳炎になったときは修善寺温泉で湯治し、市左衛門も供をした。書生仕事の合間、居眠りなどしたこともあったが乃木は決して叱らなかった。むしろ気さくな人だったそうだ。

そして迎えた明治最後の年であり、大正最初の年である9月13日、明治天皇の大葬が執り行われた(崩御されたのは7月30日)。市左衛門は大葬に参列、乃木夫妻が切腹したという知らせを受け、赤坂の自宅(現在の乃木神社)へ戻ったが、そのときにはすでに手遅れだった。

乃木の没後、市左衛門は那須へ戻ったが、新聞記者などに、「つい、このあいだのような気がします」と、昭和の終わりごろになっても語っていたという。そう聞くと、ロビーに置かれた遺品の数々は、乃木から受け継いだ市左衛門の遺品でもあるのだ。

裏山から、とめどなく溢れ出る源泉を活かした野天湯

大丸温泉旅館の名物、露天風呂へ向かう。裏山から源泉が流れ出ていて、それをせき止めてつくった露天風呂が川のように連なる。文字通り「川の湯」と呼ばれ、3つの湯船は昔ながらの混浴となっている。

こちらは内湯。露天風呂も良いが、内湯ではじっくりとかけ流しの湯を堪能できる。戦争で多くの犠牲を出し、心労の多かったであろう乃木を優しく癒した源泉が、今もとめどなく溢れ続けている。この源泉は飲泉にも適した、まろやかな湯質。かつて乃木を癒した那須の源泉が、今も変わらず骨身に沁み渡ってくる。

湯上がりに、源泉を使って造られた、この宿オリジナルの「乃木焼酎」を喫した。口に含むと麦の風味がふわっと広がり、なんとも芳醇だった。清廉潔白で、生涯、酒を愛した希典の人柄を思わせる味わいであった。東京へ戻ったら、赤坂の乃木神社へ参拝に行こう。

(今回紹介した温泉&旅館)
大丸温泉旅館(奥那須温泉)

【文・写真/上永哲矢】
歴史著述家・紀行作家/温泉随筆家。神奈川県出身。日本全国および中国や台湾各地の史跡取材を精力的に行ない、各種雑誌・ウェブに連載を持つ。著書に『三国志 その終わりと始まり』(三栄)、『偉人たちの温泉通信簿』(秀和システム)など。