103564日本最後の秘境にして、いで湯あふれる「宝の山」を往く|八甲田山【はっこうださん】

日本最後の秘境にして、いで湯あふれる「宝の山」を往く|八甲田山【はっこうださん】

男の隠れ家編集部
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山中に湧く温泉。豊かに湯気を放つ湯、木製の浴槽に豊かにみなぎる白濁した湯。「名湯」「秘湯」にはそのようなイメージがある。東北最北の八甲田の懐に湧く湯の物語。

(※その他の写真は【関連画像】を参照)

※この記事は2024年12月号に掲載されたものです。

■八甲田山系に湧き出す宝の温泉

火山国である日本は温泉の宝庫である。だが温泉の宝庫とはいえ、温泉は「どこにでも」湧いているものではない。山あいの渓谷に、火山の山麓に、文字通りの深山幽谷にひっそりと湧き出しているものである。

そんな温泉が人の目に留まるのは言わば「偶然」の産物だが、奇異であるがゆえ、そしてのちに発展する温泉場の開基であるがゆえ、そこには「温泉発見伝説」の類が生まれるものである。

曰く、ヤマトタケルが東国遠征の旅で発見し旅の疲れを癒した、弘法大師空海が病に疲れた里人のために涌き出させた……貴人が辺境の地を放浪し奇跡を成す「貴種流離譚」、だが実際に貴人が地方の湯治場をくまなく遍歴するなど無理があるというものだ。

実際のところは「猟師が山の中で猿や鹿が湯に浸かって体を癒す場面を目撃した。自身も浸かれば体が癒された」。山を知りぬく猟師、それ以上に山とともにある動物たち、彼らの発見によるもの、といった伝承が似つかわしいのではなかろうか。

冬の八甲田山。樹氷に覆われた木はまさに「スノーモンスター」。

青森県の八甲田山系。青森市の南方に聳える山塊は「宝の山」である。八甲田ロープウェーでの空中散歩も楽しく、とくに例年1~2月頃の樹氷「スノーモンスター」は圧巻だ。

北太平洋に発して北海道から本州太平洋沿岸をなぞって流れる海流・親潮。三陸沿岸に豊漁をもたらす海流は、その実は稲作の障害である。冷たい海流の上を吹く風は陸地、岩手県や下北半島の旧南部領に吹き付け低温障害をもたらす。

稲作の大敵となる風「ヤマセ」である。だが八甲田の山並みはヤマセを遮り、山を越した西側、津軽領は岩木川流域の豊かな土壌も相まって穀倉地帯である。

南部領で「似合いの取り合わせ」といえば「稗飯に塩イワシ」だが津軽領では「米の飯に筋子」。津軽では借子(雇い人)でも米の飯をたらふく食う、と江戸期の紀行文でおどろきを持って語られている。

青森、津軽の守り神・八甲田山。その山中に酸ヶ湯温泉は湧く。伝承によれば江戸時代の貞享元年(1684)、八甲田山中で猟師が鹿を射たものの取り逃がした。だが数日後、再度訪れた猟師は件の鹿が温泉に浸かって傷を癒す場面を目撃する。

これこそが酸ヶ湯温泉の起源伝承である。「すかゆ」の発音は、この鹿が発見した「鹿湯」が起源であるという。また「酸ヶ湯」の名の通り、その湯は強酸性、硫黄やアルミニウムを含み、神経痛やリウマチ、皮膚病、婦人病などに効能があるとされる。

さて、八甲田山といえば明治後期に発生した日本陸軍の大量遭難事件、そしてそれをモチーフとした新田次郎の小説や映画をイメージされる方も多かろう。

冬季の八甲田は過酷な世界である。だが季節が半年巡った夏の八甲田山、酸ヶ湯温泉は天国である。標高890mの立地は地球温暖化の昨今ながら30℃以上の最高気温を記録したことは今年、令和6年を含めて45年間に数回しかない。

25℃以上の「夏日」すらも珍しい。だがやはり、21世紀の現在でも冬は過酷である。夏にヤマセを受け止め津軽平野を守る山体は冬の季節風をも受け止めて雪雲に変え、膨大な降雪をもたらすことになる。

記録された最高積雪量はなんと566㎝である。まさに雪の壁である。ゆえに山中の一軒宿は交通や除雪技術が発達する昭和後期までは冬季閉鎖、まさに山中の秘湯として知られていた。

春先には、雪上を進む馬橇が貴重な足だった。しかし現在は舗装道路とバスの便が整備され、通年営業が叶った。青森市内のバスターミナルより南をめざして山中へ分け入る。

北国・津軽とはいえ熱気に満ち満ちた令和の夏の空気が、進むごとに、高度を上げるごとに冷気を増していく末に到達するのが酸ヶ湯温泉。

ちなみに八甲田山の遭難をモチーフにした映画の序盤、軽装ながら雪山に挑む兵士らが山中での入浴を楽しみにする場面があるが、その温泉はこの酸ヶ湯とは別の場所である。

■八甲田山中に涌き出す 宝の湯を湛える木の浴槽

さて、「山中の秘湯」「湯治場」といえばどんなイメージを抱かれるだろうか。昭和初期に建てられたような宿の建物。それも「壁は下見板張り」、東北や北陸の豪雪地帯ならば「屋根はカラートタン」。

そしてこれが一番大事なところだが、「木製の浴室、木製の浴槽に、白濁した生の温泉水がたっぷり湛えられている。硫黄の香りが漂い、湯の花がこびりつく」……あたかも漫画家・つげ義春の作品世界そのままの感覚。

熱くて手では触れない五右衛門風呂の湯釜でも、冷たくて硬い昭和のタイル風呂でもなく、肌に優しい木の浴槽。酸ヶ湯温泉はこれらの魅力をすべて網羅した山中の一軒宿である。

日帰り入浴は朝7時から夕方6時までの1000円。宿泊プランは2食付きで1泊数万円。湯治プランならば1泊2食で1万円、これとは別に自炊生活用の長期滞在者プランもあり。山中一軒宿ながらもちろん水洗トイレ、現代に合わせてWi-Fiも利用可能。

山中に立ち上げられた白壁の壮大な木造建築。近年、最新式に改築されたフロントでチェックインを済ませ、部屋に荷物を置いて一息つく。それでは早速、浴室へ向かおう。

浴室、浴槽。幾重もの浴槽が豊かな湯気を立て視界がかすむ。鼻腔が特有の硫黄の香りでフワッと刺激される。これこそが酸ヶ湯温泉の醍醐味である「ヒバ千人風呂」。

文字通り一度に千人が入浴可能と称される。ただ広いというだけが魅力なのではない。木の浴槽だから素晴らしいというのでもない。木の素材からしても建築学的にも貴重なものだ。

浴室の躯体、そして浴槽の構造材は、地元産のヒバ。「木曽ヒノキ」「秋田スギ」とともに「青森ヒバ」として日本三大美林に数えられるヒバは、水に強く腐りにくい。防水性では檜よりも優れ、「浴槽」の素材としてはうってつけだ。

「ヒバ千人風呂」は総ヒバの建築にして、千人を収められる160畳の巨大空間。それでいて空間を中で支える大黒柱のような柱が一本もない、建築力学的にも稀有な構造だ。ここは豪雪地帯であるから、屋根にのしかかる雪の重量を考えればまさに奇跡といえよう。

■古き良き湯治文化を今に伝える温泉宿

温泉全景。酸ヶ湯温泉旅館は「千人風呂」の温泉棟以外に、旅館棟、自炊の湯治客専門の棟がある。冬季はすべて雪に覆われる。

脚にザラリと触る石板でも、カチリと冷たいタイルでもなく、フワリと踏み心地の優しい木の床。足を進めてすぐ手前に「熱の湯」の浴槽。左側に「冷の湯」の小さな浴槽。突き当たりには一番大きな「四分六分の湯」の浴槽。

もちろん、遠くの源泉からパイプで引いてきた湯ではなく、冷泉を加熱したものでもなく、千人風呂の立地のそのまま地下から湧く「源泉掛け流し」の本物である。

そもそも「湯治」とは、温泉の成分を用いて体の不調を取り除くことである。医療行為にも類することゆえ、適切な入浴法がある。まず湯温38℃の「冷の湯」で、湯を汲んで体にかける「かけ湯」をする。これで体を慣らした後、湯温40℃の「熱の湯」に入る。

世間一般ではお風呂の湯の温度は42℃が適温と考えられているので、いささかぬるく感じられるかもしれない。だが、この湯の温度こそが体を芯から温める適温という。

そのまま5分間浸かった上で、湯温43℃の「四分六分の湯」に入り、しっかり5分間、温まって汗が出たら「冷の湯」を被って汗を流し、趣向を変えて打たせ湯である「湯滝」で、注ぐ湯に足の裏を当てて足つぼを刺激させる。

最後にまた「熱の湯」に3分浸かることで、一連の入浴は終了。前記の通り、酸ヶ湯の泉質は酸性泉、国内最高の酸度を誇り湯に浸かれば体の表面の細菌は90%が死滅する。

ここで大事なことは、湯上がりに淡水で「上がり湯」をしないこと。貴重な温泉成分がすべて流れてしまう。体を包む硫黄の香りも大切な薬効である。

申し遅れたが、ヒバ千人風呂は「混浴」の大浴場である。一時期はよからぬ入浴客が女性に迷惑をかけたことから衝立が設けられたこともあったが、のちに常連客による風紀を守る活動が功を奏し、部分的に衝立は取り払われ「ヒバ千人風呂」の壮観はふたたび戻った。

午前8時から9時、夜の8時から9時のそれぞれ1時間は女性専用タイムなので、気になる方はその時間の入浴が得策だろう。

このほか、八甲田周辺はランプの宿と名高い青荷温泉や、日本三秘湯に数えられる谷地温泉もあり、まさに秘境の雰囲気である。

青森市街地と十和田湖との中間点にそびえる八甲田の山々はかつての火山地帯。十和田湖とともに国立公園に指定されている。酸ヶ湯以外にも、城ヶ倉温泉、谷地温泉、猿倉温泉、蔦温泉、八甲田温泉、田代平温泉と、火山の恵みでいくつもの温泉がある。

※この記事は2024年12月号に掲載されたものです。

文/角田陽一

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