※この記事は2026年3月号に掲載されたものです。
日常を離れてリフレッシュをするなら、宿に逗留し湯治の合間に何かを書いてみたらどうだろう。内容なんてなんでもいい。小説でも詩でも滞在記だって構わない。新たな温泉旅のカタチをご提案したい。
■執筆を応援する「文豪プラン」2026年1月にスタート!
⚫︎旅の舞台となる古湯いわき湯本温泉の歴史とは

いわき湯本温泉の歴史を辿ると最も古い記録が、平安時代の延長5(927)年にまとめられた「延喜式神名帳」に記された「陸奥国磐城郡小七座・ 温泉神社」の文字に行き当たる。
しかし奈良時代にはすでにこの地名が存在しており、開湯は奈良時代にさかのぼるとも云われている。そのため諸説あるが有馬、道後と並び日本三古泉の一つに数えられることも多い。
江戸時代には陸前浜街道の宿場として栄え、湯治の名所として発展したが、明治期に入ると石炭採掘が活発化し地底の湯脈を破壊。大正8(1919)年、炭鉱坑内から大量の湯が出水し続けたことで、温泉街に湧き出す湯が枯れてしまった。
再びこの地に温泉が戻ったのは昭和17(1942)年のこと。温泉組合が炭鉱会社と契約し、坑内に出る湯を温泉街へ送湯することになったのだ。現在は昭和51(1976)年の炭鉱閉山に伴い新源泉を掘削し、そこから揚湯をしている。
JR常磐線・湯本駅を中心に温泉街が広がる、いわき湯本温泉郷。
(電車)JR常磐線「東京駅」から最速2時間12分/特急ひたち利用。
(車)常磐自動車道「いわき湯本IC」より約10分。
■1100年の歴史、毎分5.5トンが湧出する磐城国の名湯
初春の風情を存分に いわき湯本温泉ぶらり歩記
古の時代より人々の傷や疲れを癒してきた「いわき湯本温泉」は、かつて湯治が目当ての人も多かったが、現在は暮らすように滞在する泊食分離もできる温泉郷だ。
硫黄が香るいわき湯本の街をそぞろ歩いて、その歴史と名湯を愉しみたい。
⚫︎人々が暮らしを営む中に佇む 悠久の歴史を誇る温泉郷
街に降り立った瞬間、微かな硫黄の香りに出会う。派手な看板も観光地然とした喧騒もない。人々が日常を営み続ける駅前の景色が旅人を出迎える。
しかし、この香りが教えてくれる。ここは“温泉が主役”の街であると。「いわき湯本温泉郷」の最寄り駅はJR常磐線の湯本駅。長閑な地方駅を中心として、住宅街と温泉街が広がっている。
まず初めに訪れたいのは白鳳2(673)年に神体山の湯の岳から遷座し創建された「温泉神社」だ。古代から佐波古家が神職を務め、現宮司で八十五代目という由緒ある社。
東日本大震災で一の鳥居が倒壊する被害に見舞われたが、元禄8(1695)年に造られた本殿は、その歴史を今に残している。境内には神の御湯「神籬の湯」が湧き、手を浸せば源泉の濃さに驚くだろう。


旅の安全を祈願したところで向かうのは、温泉神社の目と鼻の先にある「鶴のあし湯広場」だ。あつ湯とぬる湯の2種類の足湯と手湯、ペット用の足湯があり、旅人だけでなく地元の人々も通う憩いの場。宿へ入る前に長旅の疲れをまずここで癒したい。
いわき湯本には公共の日帰り温泉施設が幾つかあるが、旅人におすすめなのは「さはこの湯 公衆浴場」だ。江戸末期の建物様式を再現した純和風造りで、源泉掛け流しの天然硫黄泉が愉しめる。

得てしてこの温泉地の源泉は皆同じだが、様々な場所で日帰り湯を体験すると宿や浴場ごとに長い歴史や、旅の風情を感じられる。そしてそれは、かつての旅人もそうだった。野口雨情(明治15年〜昭和20年)である。
雨情といえば「赤いくつ」や「七つの子」を作詞した日本を代表する童謡詩人。大正11(1922)年から長期にわたり湯本に滞在し、「しゃぼん玉」などの名作を生み出した。
「野口雨情記念湯本温泉童謡館」には数多くの貴重な資料や直筆書が展示されている。歩き疲れて小腹が空いたら駅前の和菓子店「久つみ」へ。野口にちなんだ銘菓「雨情さん」が身も心も満たしてくれるだろう。

いわき湯本のご鎮守様として崇敬を集める「温泉神社」
延喜式内磐七社の一つで「ゆのじんじゃ」や「ゆぜんさま」とも呼ばれ、地元の人々から親しまれている。
通年17〜21時頃にライトアップが行われているほか、体験型のお参り「癒しの湯浴み祈願」など、温泉郷の古社でありながら参詣の愉しみも多い。

温泉神社
(おんせんじんじゃ)
福島県いわき市常磐湯本町三函322
☎0246-42-2007
ふらりと立ち寄り、入りたくなる足湯「鶴のあし湯広場」
地元住民も気軽に立ち寄る足湯で、敷地内には「湯つぼ(湯坪)跡」の碑がある。江戸時代には53の湯つぼがあったという記録も残り、温泉が豊富な土地だったことがうかがえる。
足湯・手湯ともに源泉かけ流しで、「あつ湯」「ぬる湯」ともにいわき湯本の源泉そのものが愉しめる。

鶴のあし湯広場
(つるのあしゆひろば)
福島県いわき市湯本町三函281-1
営業時間/7:00~20:00
定休日/なし
料金/無料
江戸時代へタイムスリップ!?「さはこの湯 公衆浴場」
うたせ湯のある岩風呂「宝の湯」と八角形の形をした檜風呂「幸福の湯」があり、男女が日替わりで入れ替わる。皮膚病や婦人病、高血圧症などに効果がある天然硫黄泉が日頃の疲れを癒してくれるだろう。

さはこの湯 公衆浴場
(さはこのゆ こうしゅうよくじょう)
福島県いわき市常磐湯本町三函176-1
☎0246-43-0385
営業時間/10:00〜22:00(入館は21:00まで)
定休日/毎月第3火曜(祝日の場合、翌日)、元旦
料金/大人300円、小学生以下150円、未就学児無料
貴重な資料を見学する「野口雨情記念 湯本温泉童謡館」
雨情の生涯と残した作品に関する資料だけでなく、湯本で暮らした日々の様子や直筆の書など数多くの貴重な展示が行われている。
童謡を通じた交流の場ともなっており童謡ミニコンサートやミニ童謡企画展、童謡祭などイベントも開催。昭和9(1934)年竣工の旧常陽銀行の建物も見どころだ。



野口雨情記念 湯本温泉童謡館
(のぐちうじょうきねん ゆもとおんせんどうようかん)
福島県いわき市常磐湯本町三函204
☎0246-44-0500
開館時間/10:00〜16:00
開館日/金〜日曜・祝日
入館料/無料
創業113年、老舗の甘味「和菓子の久つみ」
大正元(1912)年創業の和菓子店。温泉まんじゅうやジャンボどら焼きをはじめ、野口雨情が海で見上げた満月をイメージした蒸しどら焼き「雨情さん」(200円)が人気。モアロクリームとつぶあんの2種がある。


和菓子の久つみ
(わがしのくつみ)
福島県いわき市常磐湯本町天王崎84-6
☎0246-43-7643
営業時間/10:00〜18:00
定休日/不定休
⚫︎いわき湯本温泉を盛り上げる「フラ女将」の取り組み
東北のハワイと称され映画「フラガール」の舞台となったいわき湯本温泉郷。2016年には「フラのまち宣言」を行い、和の文化とフラの文化を融合した唯一無二のまちづくりを推進している。
その活動の中心となるのは湯本にある旅館の女将たちで結成された「フラ女将」。イベントなど着物姿でフラダンスを踊る女将たちの姿は、いわき湯本温泉のシンボルだ。

いわき湯本温泉旅館協同組合
福島県いわき市常磐湯本町天王崎39-1
☎0246-43-3017
https://iwakiyumoto.or.jp/
■歴史ある温泉地の老舗宿に誕生した創作の場
街と湯浴みを愉しむお籠もり執筆に集中できる「文豪プラン」
元禄8(1695)年創業のいわき湯本の老舗旅館・古滝屋。2026年1月より新たな宿泊プラン「文豪プラン」が登場した。本格的な環境と豪華な宿泊特典で執筆に没入する宿泊体験を。

⚫︎かつての文豪が求めた条件をすべて満たした温泉地
道後の夏目漱石、伊豆は川端康成、森鴎外なら草津であるし、太宰治は津軽の様々な温泉地。志賀直哉に至っては、療養に訪れた城崎温泉で死生観が変わり代表作『城の崎にて』を執筆したという。
ここで一つの疑問が芽生える。「なぜ文豪は温泉へ向かうのか」。
理由を幾つか推察すると、例えば彼らは身体を壊しがちだったということ。結核など肺の病や胃腸痛、神経衰弱。締切や酒、煙草、友人や愛人とのしがらみ、様々な苦悩を抱える文豪たちにとって、温泉は当時最も信頼できる“治療”や“癒し”だったのかもしれない。
また、かつての温泉地といえば湯治文化が根付いており、長期で滞在することも珍しくなかった。つまり“そこで書く”ことができた。
むしろ都会ほど騒がしくなく、山奥ほど孤立せず、適度に話しかけてくる誰かがいて、人との距離が心地良かったはずだ。そして完全な孤独ではない、薄い社会性が〝書く〟という行為の背中を押したのだろう。

ほかにもまだ理由は考えられる。温泉に浸かることで、考えすぎる思考や疲れ切った神経を強制的に緩めることができる。また宿には静けさがあり、原稿が書ける机もある。とかく文豪が温泉地に向かってしまう理由は山ほどあるのだ。
さて、いわき湯本温泉郷は文豪にとって過ごしやすい地といえるだろうか。結論からいえば“その通り”だ。ここには文豪が求める条件のすべてが揃っている。
第一に「効く湯」があること。いわき湯本の硫黄泉は神経を鎮め、疲れた体や思考をほどく。第二に「長期滞在前提の温泉地」であること。湯治文化が根付き、共同浴場や立ち寄り湯、地元住民も通う飲食店が豊富であること。
そして極め付けは老舗の宿「古滝屋」で、まさしく「文豪プラン」が開始されたことが挙げられる。童謡作家の野口雨情にゆかりある地で、文学や文芸、詩歌の創作をイマーシブに味わえるプランとなっている。

部屋には執筆専用に用意された文机があり、趣ある万年筆や作家仕様の宿名入り高級原稿用紙が提供される。
過ごし方を想像してみてほしい。朝食を食べたら外に出て散策し、共同浴場で湯に浸かる。部屋で創作を練った後は早めの昼食を街の食堂で。
午後、部屋へ戻ったら本格的に原稿に向き合い、夕方には宿の湯へ。夜の帳が下りた頃、街の静かな酒場で一献。そして適度な酔いを連れて寝床へ帰る。
きっと事件は起きないし、ドラマも生まれないだろう。けれど“言葉”は確実に自分に戻ってくる。そういう一日を淡々と用意してくれるのがこの街なのだ。
独りで逗留し創作活動に勤しめる湯宿とプランがここにはある。この宿で暮らすように過ごしたら、きっと書くべき“言葉”は自ずと生まれてくるだろう。


古滝屋





古滝屋
(ふるたきや)
福島県いわき市常磐湯本町三函208
☎0246-43-2191
料金/文豪プラン:1泊2食付1万6500円~(消費税込、入湯税別)
客室/54室
チェックイン・アウト/15:00・10:00
風呂/内湯×2、露天×1、貸切×1
泉質/含硫黄-ナトリウム-塩化物・硫酸塩温泉
アクセス/(電車)JR常磐線「湯本駅」より徒歩8分、(車)常磐自動車道「いわき湯本IC」より約10分
https://furutakiya.jp/
文/田村 巴 撮影/小島 昇
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