108330「山岳救助隊隊長」藤田弘光|夢の羅針盤vol.3

「山岳救助隊隊長」藤田弘光|夢の羅針盤vol.3

男の隠れ家編集部
編集部

【プロフィール】
藤田弘光(ふじた・ひろみつ)
昭和48年、青森県出身。平成11年、東京消防庁に入庁。レスキュー隊、ハイパーレスキュー隊を歴任。平成22年、秋川消防署山岳救助隊に異動。消防学校助教、青梅消防署を経て、令和3年、奥多摩消防署に異動。令和5年から奥多摩山岳救助隊の隊長を務める。

滑落、道迷い… 奥多摩で活躍する山岳救助隊の隊長

令和6年11月下旬、奥多摩消防署の山岳救助隊に1件の救助要請があった。遭難者は単独で登山していた男性。奥多摩湖からサス沢山、御前山を経て、下山中に道に迷い、約30m滑落して、山中で動けなくなったという。

出場指令を受けた藤田弘光隊長がまず行ったのは場所の確認だ。警察からの情報により、遭難者本人とも携帯電話で話をすることができた。

次に隊員とともに必要な資器材を選ぶ。バスケット担架や山岳ロープ、カラビナ、スリング……。各種山岳資器材を、赤く塗られた四輪駆動の山岳救助車に積載して、現場へと急行。林道から約150m登った斜面で男性を発見した。

山岳救助活動は山岳救助隊だけではなく、奥多摩消防署から指揮隊や救急隊、近くの消防署からも山岳救助隊が応援に来て、大掛かりな体制で行う。

山の斜面を使って救助訓練を行う。いつも行動をともにして、気心が知れているため、阿吽の呼吸で救助活動を行っている。

指揮系統は、大隊長である奥多摩消防署の指揮本部長がヘリコプターによる救出など大きな方針を決定する。山岳救助隊隊長の藤田は、救出方法などの意見を具申、現場での指揮に当たる。この日はバスケット担架による救出に決まった。

「進入!」藤田の号令で隊員たちが動き出す。最初に救急資格を持つ隊員が現場まで進入、骨折があるかなどの容態を確認する。

続いてバックアップする隊員に「進入」の号令。隊員たちが男性をバスケット担架に乗せる。遭難者に「もうちょっとですからね」と声掛けをしながら、ロープを活用して斜面を下り、林道上まで救出した。

「遭難者は頭部から出血している状態で、次第に意識状態が悪くなってきていました。まず救急隊が対応。山岳救助隊は遭難者をできるだけ早く安全に救出するのが任務です」

その後、遭難者は医療機関へ運ばれた。山岳救助隊の活躍で一人の命が救われた瞬間だった。

急斜面での要救助者の引き揚げの訓練。藤田隊長は指揮を行う。

現在は山岳救助隊の隊長である藤田だが、若かりし頃、救助される立場になったことがある。場所は山梨県の瑞牆山。

標高2000mを超える、花崗岩の岩山だ。当時の藤田はアメリカのヨセミテにあるエル・キャピタン、巨大な一枚岩の〝壁”を難しいルートで攻略したいという“夢”を抱いていたが……。瑞牆山でロッククライミング中に転落事故を起こした。

「気が付いたらベッドの上。山仲間が10人くらい周囲から見守っている。頭を打って事故から手術までの記憶が曖昧でした。親に心配をかけてこれ以上、山を続けるのは申し訳ないなと思いました」

この事故のときに山岳救助という仕事があることを知り、人生設計を考え直した。

25歳で東京消防庁に入庁。東京消防庁には、山岳救助隊が八王子、青梅、秋川、奥多摩の4消防署にある。いろいろな消防署でレスキュー隊などの勤務を経て、平成22年に秋川消防署で山岳救助隊に携わった。

後に奥多摩消防署の山岳救助隊に異動、2年前に隊長になった。

藤田隊長(中央)と山岳救助隊の隊員たち。12名が三交替制で勤務している。

「いずれは山岳救助隊に入りたいという思いはつねにありました。秋川消防署で初めて山岳救助隊に配属になったときは、やっと実現した嬉しさがありましたね」

趣味の登山と山岳救助では、山への向き合い方が違うという。

「山岳救助の活動を行う場合はより安全に気を配っています。急斜面を下りていくときに、登山者ならロープを1本、木に結着して下りていきますが、山岳救助隊はもう1本、別の木にもロープを渡す。救助する側になってからは、安全を担保にするようになりました」

隊長として最も大切に考えているのも遭難者と隊員たちの安全だ。

「遭難者の安全はもちろん、隊員の命を守る、けがをさせない。ほかの消防署から応援に来る隊員たちも含めて、全員が安全に救助活動を行って、事故もなく、みんなが無事に、家に帰ってもらう。それが隊長の責務です」

救助活動の後には、隊員一人ひとりからそれぞれの活動を振り返る、ミーティングを行い、反省点などを次の活動に生かす。

隊員が腰に付ける山岳救助の道具。

「隊長としては普段から隊員の意見を聞くようにしています。意見を聞かない隊長だと、隊員は言っても駄目だろうと思って、自分で考えなくなる。普段から意見を聞いているので、うちの隊員たちは自分で考えて、いろいろな意見を具申してくれます。互いになんでも言えるような人間関係が大事なので、普段から意識して風通しがよくなるように心がけています」

現在52歳。山岳救助隊の隊長は55歳までの年齢制限がある。

「あと3年。今まで自分なりに精一杯やってきたつもりですが、隊員の岩場での技術がまだ訓練不足です。隊員のレベルを上げるために自分の技術をもっと伝えたい。それが今の夢、目標です」

登山経験の豊富な藤田にとって奥多摩の山はどう見えるか。

「都心からも近く気軽に来やすいので、山地図を持たずスマートフォンの地図に頼るような初心者も多い。しかし、奥多摩は意外に難しい山。作業道のような道が多くあって迷いやすい。山岳救助隊の出動で一番多いのが道に迷った登山者の救出。急峻な場所もあるので、滑落事故の遭難者も多い」

最近の傾向は単独行動が増えて、連絡が難しい場合もある。

「できれば単独行ではなく、仲間と一緒が望ましい。地図は紙の山地図プラス山アプリなどを用意して、山に入ってもらいたい。意外に見過ごされるのは道具の更新です。履きなれた登山靴でも、ソールがはがれていることもあります。季節によっては雨具、防寒具が必要。万全の準備をしてから、奥多摩の山に来てください」

文/阿部文枝 撮影/池田光徳

▼あわせて読みたい

編集部
編集部

いくつになっても、男は心に 隠れ家を持っている。

我々は、あらゆるテーマから、徹底的に「隠れ家」というストーリーを求めていきます。

Back number

バックナンバー
More
もっと見る