自宅や実家でゆっくりしながら、食べては寝ての繰り返し。そんな過ごし方は年末年始ならではといえるが、気づけば胃腸が重い、なんてことになりがちだ。

そんな時にぜひ取り入れたいのが「七草粥」。七草粥を食べる時期や「七草」の種類、七草粥に込められた意味などを紹介する。

●七草粥はいつ食べる?

七草粥を食べるタイミング、そして七草の種類をおさらいする。

七草粥は1月7日に食べる

年が明けると、スーパーに並び始める七草粥のセット。一般的に七草粥は1月7日に食べるものだ。本来、七草粥は旧暦の1月7日に食べられていた。旧暦を現在の暦に置き換えると1月末から2月初旬になるが、現在では新暦の1月7日に食べられることがほとんどだ。

「七草」の内容は?

1月7日に食べる七草は、以下の7つだ。

【芹(セリ)】

特徴的な香りがあり、シャキシャキとした食感。新芽が競い合って育つような様子から、勝負などに「競り勝つ」という意味が込められている。

【薺(ナズナ)】

通称「ペンペン草」。日本各地に自生しており、なでて汚れを取り除くという意味がある。

【御形(ごぎょう)】

道端や空き地などに生えているキク科の一年草。昔、草餅に使われていた草。ハハコグザとも言われる。

【繁縷(はこべ、はこべら)】

ナデシコ科の草。単体では、おひたしや胡麻和えにするとおいしい。細かい茎に葉が群がるようにつくため、「繁栄がはこびりますように」という意味があるという。

【仏の座(ほとけのざ)】

葉の形が仏様の台座のように見えることからその名がついた。黄色い花を咲かせる。

【菘(ずすな)】

カブのこと。身だけではなく葉も食べることができる。

【蘿蔔(すずしろ)】

大根を指す。アブラナ科の二年草である大根の古名だという。

一般的な七草は上記に挙げたものだが、地域によって異なり、七つをこえる草を入れる場合もあるようだ。

●七草粥の由来は? 先人が込めた意味

七草粥はいつ頃から食べられるようになったのだろうか。歴史を振り返り、七草粥に込められた意味を紹介する。

七草粥を食べる風習はいつからあるのか

1月7日に七草粥を食べる風習は、元をたどれば唐から伝わった。

唐では、1月7日を「人日(じんじつ)」とし、人を大切にする日という意味があった。大昔は、この日だけは犯罪者を処罰しないという風習があったらしい。占いなどもこの日に行われていたようだ。こうした節句は1年に5回あり、それをまとめて「五節句」という。

・1月7日(人日)

・3月3日(上巳)

・5月5日(端午)

・7月7日(七夕)

・9月9日(重陽)

現在でもおなじみの節句もあるが、古来節句は季節の節目として生活に根付いていたものだったのだ。

日本の風習「若菜摘み」も影響

唐では、人日には「七種菜羹(ななしゅさいかん)」という7種類の野菜が入った汁を食すことで、無病息災を願っていたという。この風習が日本に伝わったのは、奈良時代から平安時代とされている。

しかし、日本は日本で「若菜摘み」という風習があった。これは、正月初めの子の日に、貴族たちが野に出て、小松の根引きや若菜を摘むなどした野遊びのこと。唐から伝わった人日の風習と日本の若菜摘みが合わさり、1月7日に七草粥を食べる風習が貴族の間で定着していく。

七草粥に込められた意味

一般に七草粥が定着したのは江戸時代だ。

江戸幕府が人日を「人日の節句」とし、イベントとして取り入れたのだ。結果、1月7日に七草粥を食べる風習が民間でも定着していくこととなる。

七草粥を食べることは、無病息災と長寿健康を願う意味がある。病気をせず災いから身を守り、健康で長寿となりますように。そんな願いを込め、人々は春の七草粥を食べていたのだ。

現在より寿命が短く、医療も発達していない時代。病気にかからず健康で長生きすることは、多くの人の願いだった。

新年最初の「人を大切にする節句」に春の七草粥を食べることは、祈りにも似た習慣だったのかもしれない。

●年末年始の胃腸をいたわる

七草粥に使われる草は、七草粥が民間に広まった頃から「消化に良い」、「胃腸に良い」といった言い伝えがある。そのため、七草粥を食べる理由として、野菜が不足しがちな時期に七草で栄養を補うという説や、正月で疲れた胃腸をいたわる意味があるといった説がある。

どちらにせよ、柔らかい春の七草を粥で食べるので、消化によく胃腸にはやさしい。「七草粥を食べることで年末年始の暴飲暴食はチャラ!」とはいかないかもしれないが、今年はぜひ七草粥を食べてみてはいかがだろうか。

自分を含め、人を大切にする日という原点に立ち返り、春の気配を目で舌で感じながら、味わいたい。