下町の店に見る異世界の光景

浅草・押上・亀戸辺りの住宅街を、観光ガイドブック1冊を持って歩き回っている外国人観光客は多い。彼らは神社仏閣などの観光名所が目当てではなく、東京の下町を歩き回って、下町の雰囲気そのものを楽しんでいるのだ。

下町の店には食堂や卸問屋が多いが、地元民ならともかく、その店構えは外国人には分かりにくい。はっきりした看板を出さず、のれんを掛けていない店ばかりだ。はたして民家なのか店なのかが判然としないのが下町の店の特徴だ。

当然、外国人観光客はそこに入っていいのかどうか迷うことになる。勇気を出して引き戸を開け、一歩店内に入ってみると、広い土間のようなスペースに数人の老人達が和気あいあいと、おでんやら蕎麦やらを食して昼間から酒を飲んでいたり、TVを見て歓談していたりする。ただそれが家族の食事なのか、営業中の食堂なのか見分けがつかない。日本人から見ても、もはや異世界の光景だ。

これが下町の店の面白い所だ。うまいと評判のラーメン屋が週1日しか店を開けない。しかも昼時の3時間だけで、ラーメンが30食出たら店じまい、というような頑固おやじが経営している店が多いのがこのエリアなのだ。今回紹介する「丹青通商」は、こうした下町気質がはっきり出ている古本屋だ。

まるで工務店の倉庫のような店構え

さっそく「丹青通商」の店内に入ってみる。まずここは、店の名前が古本屋とは思えない。工務店の倉庫のようで、しかも覚えにくい。道路側に看板を出していないから、道路を歩いている人は、遠くからではそこに何かの店があることすら気づかない。

店の前に立ち、サッシのガラス越しに中をのぞいても薄暗く、人がいる気配もない。たいていの人はそこで古本屋が店を開けているとは思わず、通り過ぎること請け合いだ。

サッシの引き戸に手をかけると、カギが掛かっていないので、開けて中に入ることが出来るが、こちらが声をかけないと、どこからも声はかからない。勇気を持って「すみません」とか「開いてますか?」と声をかけると、どこからか「いらっしゃい」と言う声が返ってくる。

そこでようやく、お客さんは自分の行動が間違えていなかったことにホッとする。そして、店内に無造作に積まれた古本の山を探索することが出来るのだ。

店主は本を積み上げたバリケードの中に

店内の二つ並んだ事務机の奥に、バリケードのように本を積み上げて立てこもっている店主は、無心に自分の作業に没頭しているようで、お客さんが店内に入ってきても一向にその場所から出てこようとはしない。

それでもお客さんが何冊か本を選んで、彼の机の前に立つと本の値段を伝える。たいていの場合、まとめて買う人には100円、50円の半端な値段の本はおまけしてくれる。

店主の布施さんに話を聞いてみた。彼は2年程前まで荒川区のほうで同様の古本屋を営んでいたという。さらにその前は、秋葉原で基盤(古いPC、PC-98、Old Mac等)や電子部品の販売を行う電気問屋をしていたそうだ。それなら「丹青通商」という名も納得できる。

やがて秋葉原から移転する時に、自分が学生時代から収集していた漫画、小説の量があまりに増えて、仕方なく処分を考え始めたそうだ。

それまでの彼のモットーは、気に入った作者の漫画は全て集める、小説も面白いと決めた作家の作品は全て集める、ということで無心に収拾を続け、結婚した頃には蔵書は際限なく増えていたという。  

彼は奥さんとローンで購入した3階建て新居、収納スペースがふんだんにある家に住み、そこの3階に自分の書斎を持った。

彼が古本屋をはじめたきっかけは、東日本大震災だという。地震の日、出先から帰った彼は、コレクションが心配で慌てて2階にかけ登った。その時、2階は本棚が崩れている程度で、被害は少なく思えたが、3階からは崩れ落ちて来た蔵書が雪崩のように重なり、3階から2階にかけては完全封鎖されていたのだそうだ。

大学の漫研で知り合い、マンガ好きだった奥さんからも、これを機に漫画本はみんな捨てろと言われてしまったという。

彼は断捨離のつもりで、蔵書の中からどうしても手放せない漫画を少しだけ残して(その本で3階は再び一杯になったというが)、売り払うことにした。2セット以上持っているもの、貸本屋からの古書などはみんなこのタイミングで売り払うことに決め、始めたのが古本屋だ。

秋葉原で始めた会社の名前のまま、現在でも古本と基盤を並べて同じ店内で売っている。仕入れをせず、ずっと自分の蔵書だけで店の1、2階が一杯になっている。

貴重な戦前の古美術書が、記録的台風の雨で水浸しに

店主の布施さんが残念だったことは、2019年の記録的台風の横殴りの雨で、店の一部が雨漏れし、入り口に置いてあった最も高価な古書が水浸しになってしまったことだという。戦前の画集『それいゆ』、雑誌『夏のスタイル全集』などがその犠牲になってしまった(写真は無事だった頃のもの)。

亀戸に移って2年、お客さんは以前からの常連客だけ。売れ残っている蔵書は一向に減らない。古いPCや電子部品も秋葉原から店舗が離れたので、ほとんど売れない。それでも彼は毎日店の机に向かう。

小説の出版物全制覇はやめたといえ、漫画についてはネット出版から単行本、雑誌まで、毎月世に出たものは少年漫画、少女漫画、青年誌とほとんど読みあさっているという。当然蔵書は増え続けている。

しかも深夜に放映されている新作のアニメーションは、エアチェックして全作いったんハードディスクに収めているそうだ。1話目を見て、不要なものは切り捨てるが、それでも毎回新作の切り替え時期には4本程度のアニメを全話採り続けることになる。そのデータ量も膨大だ。とても一生かけても見きれる量じゃない。漫画も毎週読破するのはたいへんだ。到底彼には、気まぐれに来店したお客の相手などはしている暇はないのだ。

古今東西の漫画について語り合う

店に来たお客さんはというと、自由に立ち読みをし、古今東西の漫画について店長と語り合うことが出来る。写真は1階の陳列棚だが、これよりのコミック書籍、雑誌、古書が2階には山積みになっている。段ボールに入ったままで整理されていないため近寄れない。

新書版の早川ミステリー、早川SFは大量に並べられている。今では手に入らない小説や翻訳本ばかりだ。DVD『シャーロックホームズの冒険』『シャーロックホームズの帰還』はセットでお買い得。『エラリンクインミステリーマガジン』創刊号から76号までのセットは超希少。

昨今のコミックスデータ販売が普及する前の過渡期に、データを入れたムック本が売られていた。永井豪著『ハレンチ学園』(小説版)、石ノ森章太郎『佐武と市捕物控』(GAMEBANK版データー)、松本零士『銀河鉄道999』(絵本)、摩夜峰央『おらが丸』『ゼロ星』『魔ジャリ』『妖怪缶詰』なども、他では見られない希少古本ばかりだ。 

ダイナミック・コミックスの棚は壮観

ダイナミック・コミックスがこれだけ揃っているのも壮観だ。ダイナミック・コミックス第5巻の『大陸諜報作戦』は発売後すぐに絶版になり、『大空中戦』に差し替えられた。その両方が並んでいるのは初めて見る光景だった。

少女漫画では、川崎苑子、神坂智子、倉田江美などは全種集めていたようで棚には並んでそろっている。坂口尚は店主の友人と知り合いだったため、出版にも携わった本が並ぶ。

店主の布施さんの最近のお気に入りの漫画家は、大石まさる、おがきちか、だという。さらに、おすすめの漫画は、ななし乃与太郎『R~モーターロック~』八房龍之助『齊闇眩燈草紙』なのだそうだ。

丹青通商 
東京都江東区東亀戸4-34-6 セピアコートⅡ 1F 株式会社 和海機工
Tel&Fax 03-3682-1700
営業時間13:00~17:00  日曜・祝日 定休日

おたく店主のこだわりがうずたかく積もった古書店。一度訪れてみてほしい。一期一会の出会いがあるかもしれない。

文/宮川総一郎
エッセイスト、漫画家、小説家。代表作:漫画『マネーウォーズ』(集英社ビジネスジャンプ)。小説:「七福神食堂」「東京謎解き下町巡り」(マイナビFan文庫)。総監修:「漫画から学ぶ生きる力」、他。



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