【プロフィール】 女優 鈴木 杏
1987年生まれ、東京都出身。1996年にTVドラマデビュー。2003年「奇跡の人」で初舞台に挑む。2012年映画『軽蔑』で第26回高崎映画祭最優秀主演女優賞、16年第24回読売演劇大賞最優秀女優賞を受賞。近年の主な出演作品は舞台「殺意 ストリップショウ」(20)、「キレイ-神様と待ち合わせした女-」「フローズン・ビーチ」(19)など。

ひとり芝居にたどり着くまでの10年と、ターニングポイントになった作品

ドラマデビューしたのは小学生の時です。子役からスタートして30代になる現在まで役者を続けてきました。目の前のことを必死でやり続けてここまで来てしまった感じがあるので、俳優を一生の仕事にする覚悟が決まったのか、まだ決まっていないのか、自分でもよくわからないです。

ただ、ひとつだけ言えるのは学生時代に感じた、“ある思い”です。物心つく頃からお芝居しか経験していなかった私。ほかの可能性を見なくていいのだろうかと思い始めて大学に進学することにしました。そのタイミングで、イギリス人の俳優・演出家のサイモン・マクバーニーさんのワークショップに参加することになったんです。ワークショップでは、とても楽しい時間を過ごすことができました。自分が自分らしく生きられて、心の底から興奮して感動できるのは芝居をしている時なのかも……と初めて感じました。それがひとつの転機だったかもしれないです。

今まで出演した作品のなかで印象深いのは、2020年7月の公演「殺意 ストリップショウ」です。ひとり芝居なので2時間出ずっぱり。舞台に出たら芝居が終わるまで帰ってこられない。セリフを若干間違えてしまうこともあるし、毎回何かが起こるけれど、それでも最後まで走りきるには起こったことに乗っかっていくしかない。いちいちビビッていられません。自分をさらけ出すという点ではまさにストリップショウでした(笑)。役者としても人間としても大きな経験でした。ここにたどり着くために、それ以前の10年があったんだなと思えましたし、生まれ変わったような気持ちにもなりました。私にとって本当にターニングポイントの作品になりました。

恥をかくことを良しとする。変なプライドは要らない

俳優という仕事をしていくうえで、恥をかくことを大事にする。稽古場は恥をかく場所だから、恥かいてなんぼという感覚を忘れずに、背伸びをしない、できるふりをしないで全部をさらけ出す。トライアンドエラーを恐れずに、どれだけ素直でいられるか。もちろんそのための準備や努力を惜しまないですが、歳を重ねてきて、変なプライドは要らないと思うようになりました。

舞台も映像も芝居の怖さという点は一緒です。映像は稽古期間がないままに、その場の瞬発力でパンと出たものが永遠に残ってしまうという恐怖があります。舞台は生もので、何百人という人に身をさらして“全身”を見られる怖さがあります。

舞台も芝居もだんだん実人生の生き方とリンクしてきていると思います。人や作品との出会いに大きな影響を受け続けています。演出家でいうと蜷川幸雄さん、フィリップ・ブリーンさん、今回の「真夏の夜の夢」のシルヴィウ・プルカレーテさん。いろいろな方との出会いによって、命を紡いで、またつなげてきてもらっているという感覚です。

ごまかしがきかないというか、私という人間性も含めて舞台に乗ってしまう。ちゃんと実生活も実直に生きないと舞台に出てしまうような気がします。そこまで仙人的な生き方をするわけではないですが、生き様とか人間性がすごく出てしまう場、それが舞台だと思います。

ペットショップで運命的な出会いをした愛犬のダンデの存在

私にとっての隠れ家、心の拠り所は……そうですね、犬のお腹に顔を埋めている時かな。モフモフのお腹の毛の中が私の隠れ家かもしれないです(笑)。

愛犬の名前はダンデ(左写真)。5歳のキャバリア(キャバリア・キングチャールズ・スパニエル)です。初めて見た時にお笑い芸人のタンポポさんに似ていたので、最初はタンポポと呼んでいましたが、ダンデ・ライオン(英語でタンポポの意)から、ダンデと名付けました。

ダンデと出会ったのはペットショップです。その日は映画を見に行く予定で、その前に少しだけ時間が空いたので、たまたまペットショップに入ったんです。一番奥の方のゲージで、誰でも触れられる状態でいました。値段が5万円。なかなか売れないので値下げして、何とかお客さんに気に入ってもらえるように、直接スキンシップができるゲージに入れられていたのかもしれません。だから、もう時間の問題なんじゃないかと心配になって。犬もゲージの中でとても心細そうにしていて、目が離せませんでした。でも、命を引き取ることには大きな責任があるし、動物保護団体ミグノンの存在も近くにあるので、すぐには決断できませんでした。

とりあえず予定通り映画を見ることにしました。『アデライン、100年目の恋』(2015)というアメリカの恋愛映画です。そしたら、その映画に同じ犬種が出演していて、なんとタンポポまで出てきて。これはもう運命だと思い、引き取ることにしました。

飼い主が犬に甘えていることが多い、親友のような存在

ダンデはマイペースの犬でいつも寝ていて、時折思い出したかのように私に甘えてきます。他の犬のように飼い主に遊んで遊んで! とまとわりつくタイプではなく、私の方から絡みに行くことが多い。犬っぽくないというか、人なんじゃないかと思う時があります。自分のことを犬と思っていないのかもしれません。お散歩をしていて同じように犬を散歩させている人と会うと、犬にはビビッてしまい、飼い主さんの方に寄って行く。犬より人間が好きみたいです。

私とダンデとの関係は、犬が飼い主に甘えているというより、飼い主が犬に甘えている時間の方が長いのではないかと思います(笑)。ダンデのお腹や首に顔を埋めている時は無心になれるというか、仕事のことを忘れられる。充電できる時間です。大きさだけならダンデの方が小さいのに、大きな私の方がかまってもらって甘えることが多いです。

ダンデは恋人? いえいえ(笑)。親子? ちょっと違う。どちらかというと、親友かな。一緒に暮らしていると、相手が何を求めているかがわかるようになります。私にとってダンデは、共に暮らす親友に近い存在です。

犬の散歩をする、日常がちゃんとあるってすごく大事なことだな

犬を飼うようになって変わったことは、以前よりも健康的になったことです。朝は早く起きるようになって、ダンデにご飯をあげるところから一日がスタートします。その後で大体20分くらいお散歩をするので、私にとってもよい運動になります。夜はあまり外に飲みに行くことがなくなり、友達とも家で会うことが多くなりました。いつのまにか遊び方そのものが健康的になりました。

犬と暮らすと毎日の日課としてお散歩をしなくてはなりません。舞台など芝居に集中している時でも、散歩することで強制的に日常に戻されます。最近ではそういう暮らしをできることがすごくいいなと思うようになりました。日常が淡々とあることの素晴らしさ。お芝居の世界は非日常だから、それとは別なところに日常があるってすごく大事なことだと思います。年齢を重ねれば重ねるほど、そういう思いが強くなってきました。

お芝居は心だけでなく、命にも触れるものだと感じています

2020年秋は「真夏の夜の夢」の公演が待っています。シェイクスピア原作の喜劇を、野田秀樹さん潤色、ルーマニア人の演出家プルカレーテさんの演出で舞台化します。私の役は“そぼろ”という女の子。想いを寄せる青年が自分の親友を好きになって、それでも自分を振った男を追いかけていく。けなげで可愛らしくて卑屈。野田さんが書くと卑屈な女の子がこんなにもチャーミングになります。野田さんの脚本はゴーカートに乗っているようで真っ直ぐに進まない。自分でも予期せぬところに連れていかれるような、スピード感がほとばしっている感じが面白いです。芝居だけでなく、衣装やセットのビジュアルも素晴らしくて、日本とは違う世界観やセンスに触れられるのが刺激的です。

その前のひとり芝居はコロナ禍での公演で、お客さんもスタッフも命がけ。それまでは演劇、エンターテインメントは心に触れるものだと思っていたのが、もう一段階深いところで、命に触れるものだと体感しました。自分のなかで価値観が大きく変わって、どういう心づもりで舞台に立つのか、しっかりとやっていかなくてはならないという責任感と影響力を感じています。舞台では命がけで役者として頑張り、オフの時は私だけの隠れ家であるダンデのモフモフのお腹に顔を埋めてリラックスする。ダンデという大親友が仕事に向き合うための大きな活力になってくれています。

<舞台情報>
東京芸術祭2020 東京芸術劇場30周年記念公演「真夏の夜の夢」
2020年10月15日(木)~11月1日(日) ※東京公演 
東京芸術劇場 プレイハウス ほか新潟、松本、兵庫、札幌、宮城公演
https://www.midsummer-nights-dream.com
原作:ウィリアム・シェイクスピア 潤色:野田秀樹 演出:シルヴィウ・プルカレーテ 出演:鈴木杏、北乃きい、加治 将樹、矢崎広、今井朋彦、加藤諒、手塚とおる、壤晴彦 ほか
チケットのお問い合わせは
東京芸術劇場ボックスオフィス 
☎0570-010-296(休館日を除く10:00~19:00) 

文/阿部文枝 撮影/島崎信一