【プロフィール】俳優 遠藤憲一
1961年東京都生まれ。1983年NHK「壬生の恋歌」でデビュー。2009年テレビ東京「湯けむりスナイパー」で初めて主役を演じて話題になる。2019年8月から主演を務めるフジテレビ系連続ドラマ「それぞれの断崖」が放映中。そのほか、今年はNHK「サギデカ」、テレビ朝日系「ドクターX~外科医・大門未知子~」が放送される。

酒をやめちゃったんで隠れ家がない。自宅の自分の部屋は「戦う場所」です。

俺にとっての隠れ家ですか。以前は新宿のとある一角の飲み屋街でしたが、酒をやめちゃったんで、今はそういう意味での隠れ家はないですね。今は自分の部屋が一人になれる空間かな。ベッドと机、大きなソファが置いてあるだけの、小ざっぱりした部屋です。ただ、そこも隠れ家というよりは「戦う場所」です。セリフを覚える、どう演じようかと練り込んでいく。俳優として役を作っていく時間を過ごしていますね。

本を読んだりクラシック音楽を聴いたり。俳優の勉強が楽しくて続けられた。

俳優になったのは、高校を一年で中退してバイトを転々としていた頃。アルバイトニュースでバイトを探して、やってはやめて、やってはやめて、を繰り返していました。そんな時に電車でタレント養成所のようなところの劇団員募集広告をたまたま目にした。こんなところでも募集しているのかと思って。俳優を目指したというより最初は物珍しさで応募したんです。

劇団に入ってから演出家に勉強しろと言われたんでしょうね。本を読んだり、初めてクラシック音楽を聴いたり、演劇のために勉強をするようになった。最初は太宰治の『人間失格』。次に夏目漱石の『坊ちゃん』と、古典的なものから読み出しました。クラシック音楽はベートーヴェンの「英雄」から。指揮者を変えて色々聴きました。それまでまともに勉強してこなかったので、勉強することが楽しくなっちゃった(笑)。最初の頃は勉強が面白かったから、俳優を続けられた気がします。だんだんと演じることが面白くなってきたのは、その後のことです。

だから今でも読書は好きですよ。村上春樹さんにハマったのはすごく遅い。一度壁にぶつかって投げ出したけれど、もう一度丁寧に読んだらすごく面白くて。その前は芥川賞作家の丸山健二さん。相当読みました。今は勉強のために読むのではなく、自分のなかで想像を働かせたりとか、緊張感がある文章を凄いと感じたり、そういうものに巡り合えた時の喜びがあるから読んでいます。自分の内側に入っていく時ですね。

普通のお父さんを初めて演じた時、普通でいられることが心地よかった。

映画『マトリックス』(1999年)の予告編ナレーションが話題になって、初めて注目されたのかな。もっと前から声の仕事はやっていましたが、声だけで印象に残ることもあるんだと思いましたね。ただ、この仕事は自分のなかではそんなに大きいことではありません。

それよりも例えば「白い春」(2009年連続ドラマ)。初めて悪役ではない、いいお父さんを演じて、自分の転機になった大きな作品です。その後にNHKの朝ドラ「てっぱん」でもお父さん役が来ましたから。それまでいいお父さんの役をいただいたことがなかったので、「後々、このお父さん、悪くなるんですか?」と質問して「ずっと、いい人です」と言われて、びっくりした記憶があります。初めて普通のお父さんを演じた時は、楽しかった思い出しかないですね。それまでのようにコワモテでもない、ドシッとした空気感を出すこともない、普通のパン屋の親父。普通でいられることが心地よかったですね。普通の人間を演じるのは面白いんだと初めて思いました。

ハードルが高い役。大変ですけどね。大変と充実は一緒なんだろうな。

今、主役を演じているドラマ(フジテレビ系連続ドラマ「それぞれの断崖」)は、コンプライアンスが厳しい時代に、真逆のヤバい作品です。“ド”批判を食らうでしょう。わが子を殺された被害者の父親と加害者の母親が愛し合うという設定で共演者にも「お父さん、ひどい」とか言われて、いたたまれないですよ。

脚本を読んだ時に、ハードルが高い役だなと思いました。嫌われるのが嫌だからではない。これを見たいと思わせるまでにもっていくのが大変だと。嫌だと思うような主人公を視聴者が見続けるのかというのが、一番迷ったところかな。ただ、やり出したからには突っ走るしかない。

現場では突飛な話にならないように、気持ちを作っていったり、自分の言葉に直したりしています。唐突な結果になっても、この人の心の中では唐突ではないと、視聴者に思ってもらえるように作り上げる。そのことに今一番心を割いています。共演者たち、子供たちも含めて、みんなが自分の言葉で話そうとやっているので、こうしてみたい、ああしてみたいとディスカッションして、照らし合わせをしながらスタッフとともに新しいものを生み出していく。今回のドラマで、新しいパターンができた気がします。大変ですけどね。大変と充実は一緒なんだろうな。

結局、作ることが好きなんでしょうね。文章や絵に抜きんでた力はなかったから、そっちに行かなかっただけで、唯一、身体を使って作る俳優ならいけるかなと思って始めた。だから、ものが作りたい。ものが作れること、今はこれしかないな。

ただね、今58歳ですから。この年でキスシーンや絡みのシーンがあるんです。今までは一方的に襲う役で(笑)、愛し合うという場面は経験したことがなかった。特にテレビではやったことがないから、恥ずかしかった。そういうところへ踏み込んじゃ駄目だと、我慢して我慢して、そして二人がガンッと結びつく場面ですから、一番難しかったですね。

あまり生々しく撮られても世代が世代なんで。カメラマンさんと照明さんに協力してもらって、シルエット気味にするなどの工夫をして撮っています。その点、あの人は上手ですよ。『危険な情事』のマイケル・ダグラス。今回見直しましたが、上手いですよね。

強烈な脚本家、監督と出会って、度肝を抜くような注文をされて、自分でも知らない自分の色を引き出してもらいたい。

俳優という仕事はキリがないというか、答えがないので、もっとこういう表現をできないのかと考えても、どこまで行ってもたどり着かない。スポーツのように人と比べて競争するのではなく、共演者と混ざり合っていくものだから。相手から何かをもらって、こちらも返して、それで何かが生まれていくんですね。才能なんて、そんなに色々なものが出るわけじゃない。こんな感情の時にもっと違う表現がないのかと、考えてもたどり着けない。

35年間、俳優をやって歳とともに大変になってきました。自分の引き出しをどんどん使っていくと空っぽになってしまう。だけど、人間の心の中は一つの色ではなく、無限に色が出るようなものじゃないかな。心の奥深くにある色は出てくるまでに時間がかかる。そういう色を引き出すためには、人との出会いしかない。

演じたい役柄に希望はないけれど、役者という立場で言うなら、強烈な世界を持っている脚本家、監督と出会ってみたい。そして想像だにしないような、知らない自分を徹底的に引き出してもらいたい。エッと、度肝を抜かれるような注文をされて、もっと深いところに自分が入っていきたい。俳優としての夢はそういうことですね。

(出演情報)
オトナの土ドラ「それぞれの断崖」毎週土曜よる11時40分放送。
出演:遠藤憲一、田中美里 / 田中美佐子 ほか
https://www.tokai-tv.com/dangai/

文◎阿部文枝/撮影◎島崎信一