3751「走り続けることが、快感」。クルマの中が僕の隠れ家 | 仲村トオル

「走り続けることが、快感」。クルマの中が僕の隠れ家 | 仲村トオル

男の隠れ家編集部
編集部
初めて手に入れたクルマで、はじめてのロングドライブ。その帰路で、俳優としての人生の一歩を踏み出した――。俳優・仲村トオルにとって愛車は苦楽を共にしてきた相棒のような存在だ。長時間のドライブは苦にならないのに、渋滞はとことん嫌う。その心の奥を覗いたとき、常に自分の限界を打破するために"走り続ける"男の姿が見えてきた。
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【プロフィール】俳優 仲村トオル
1965年東京生まれ。1985年に映画『ビー・バップ・ハイスクール』でデビューし、数々の新人賞を受賞。翌86年からのドラマ「あぶない刑事」でも高い評価を得る。以降、多数の映画、ドラマ、舞台に出演し、国内外で実力を評価されている。10月末より、舞台『終わりのない』に出演するほか、今秋、全世界配信予定のNetflixオリジナル『深夜食堂-Tokyo Stories Season2-』にゲスト出演している。

仕事への行き帰り、車中でオンとオフをゆるやかに切り替える

とにかく、クルマが好きなんです。仕事の行き帰りも自分の運転なので、ほぼ毎日乗るし、長距離でも苦にならない。例えば、現場が遠かったりすると、早朝に家を出て「あと2時間半も目的地に着かなくていいんだ!」って。むしろうれしくなっちゃうくらい。今夏は、家族が夏休みで地方に連泊したので、僕は、その休暇先から出勤してました。6日間で1,100Km走ったりして…。

朝、一人で家を出て、クルマに乗り込んで、エンジンをかけて、走り出す。目的地は撮影現場や、劇場や、稽古場です。そこに向かって近づきながら、意識を仕事のことに集中させていくんです。ゆっくりと、スイッチをオンに入れてるんじゃないかな。

帰るときは、やっぱり、ゆっくりオフへ切り替えていきます。その感覚は、パチッと電気が消えるような、瞬間的なものではなくて。家に着くまでの間に、グラデーションのようにゆるやかに、緊張がほどけてゆく感覚です。それに、運転中は頭の中が整理されますよね。やらなきゃいけないことを思い出したり。一人きりで過ごす時間は少ないから、この行き帰りの時間はとても貴重。クルマの中は、誰にも邪魔されない、僕にとっての隠れ家のような空間です。

舞台の初日や楽日なんか、お酒を飲む予定のときにタクシーで移動すると、いつもの「オンとオフのゆるやかな切り換え」ができない。そんな日はやっぱり、少しリズムが狂うような感じもあるんです。

19歳で免許取得。初めてのロングドライブがデビューのきっかけに

免許を取ったのは、たしか19歳。大学生のときです。僕が家族で初めての「クルマを運転できる人」になって、すぐクルマを買いました。幼馴染が自動車会社に勤めていたので、程度が良くて壊れにくい、お金がかからない中古車を探してもらったんです。

免許を取りたての頃は、とにかく運転したいですよね。そんなタイミングで、親友から吉田拓郎さんのオールナイト野外ライブに誘われた。そいつは拓郎さんの大ファンで、当時はそれが「最後のライブになるんじゃないか」と言われてて、どうしても行きたい!って。1985年の夏、会場は静岡県のつま恋でした。まわりでクルマを持ってるのが僕だけだったから、現地までの交通費を浮かそうって気持ちもあったのかも。

初めてのロングドライブで、出発前からすごく楽しみでした。首都高にも、東名高速にも、初めて乗ったのはそのときです。夜中に地元を出て、明け方に静岡に着いて。夕方からライブを観て、翌朝に終わったらそのまま帰ってくる、という旅。ホテルは取っていたと思うけど、ほとんど休まなかったな。

ライブのあと、長旅に出るという親友と別れて、僕は1人で帰り道を運転しながら「自分も、なにかやらなくちゃ」って思ったんですよね。そして戻ってすぐ、雑誌で見かけた映画の出演者募集の記事に応募して、デビューしたんです。それが『ビー・バップ・ハイスクール』。だから、あの夏のロングドライブは今でもよく覚えています。

さんざん悩んで、背伸びして手に入れた。もう29年連れ添う愛車

俳優の仕事を始めた頃は、ちょうどバブルの時期。自分もそれまでのバイト代とは桁違いの収入が得られるようになって、一年に一台くらいのぺースで、次々に新しいクルマへ乗り変えていました。でも、1991年に今のクルマを買ってからは、ずっと同じクルマ。もう29年目になります。

このクルマとの最初の出会いは、京都の撮影所でした。大先輩の俳優さんが乗ってこられて、初めて見た瞬間に「うわあ、カッコ良いなー!」と、衝撃を受けた。一目惚れです。20代前半の頃だったから、自分にはまだ早いけど、いつか、このクルマが欲しいと思いました。自分へのご褒美として、これを買えるような仕事ができたらいいなって。

それから4、5年後に、買う決断をしたのですが、結果的には“ご褒美”ではなく、むしろ、精神状態があまり良くないときでした。自分の中で、なにか壁めいたものにぶつかっていたんです。

俳優を始めて5、6年たった頃で「あ、俺、できるようになった」って感覚がつかめたんですよね。でも、その次に出演した映画では、また、できなくなっていた。「え?なんで?あれは錯覚だったのか?」って。昨日できたことが、今日はできない。スイスイ前へ進んでいたのに、急に渋滞して前に進めなくなったような。自分が進む道の幅が、だんだん狭まってきているような。それで、どうにか今の気分を変えたい、流れを変えたい、と思って、憧れのクルマに手を伸ばしたんです。

といっても、スパッと思い切れたわけではなくて。どうしようかな…、やっぱり、次に出る国産車にしようかな?なんて迷っていた時に、二人の方から助言を受けたんです。

まず、僕のことをすごくよく理解してくれている助監督さんからは「俺は、国産車に乗っているトオルのほうが好きだな」と言われた。一方で、やっぱり僕をよく知る先輩の舘ひろしさんから「俺は、若いときから『お前にはまだ早い』『それは生意気だよ』ってことばっかりしてきたよ」と。その、舘さんの言葉のなかには「懸命に背伸びをし続ければ、それだけの身の丈の男だと思ってもらえる日が来る」というニュアンスが含まれていたんですね。

現状を打開したかった僕は、自分の身の丈に合ってないクルマを買おう。背伸びしよう、と決めた。今の自分は、このクルマにはまだ不相応かもしれない。でも、背伸びをすることで「このクルマに見合う自分になろう」と、自分を奮い立たせるような気持ちもありました。

仕事の上でも、迷走することはあります。僕は、映画やドラマなどの映像の仕事だけをずっとしてきて、初めて舞台に立ったのは芸歴19年目のときでした。映像と舞台では、同じ部分もあれば、まったく違う部分もあるんです。

渋滞は大嫌い。止まるよりは、遠回りをしてもいいから前へ進みたい

僕がクルマを好きな理由は、たくさんあります。ドライブ中に景色を見るのも好き。ベイブリッジができたばかりの頃は、仕事でよく通ってて、橋の上で停めて景色を眺めたりしました。開通当初は、短時間なら停車できたんですよ。路駐も今ほどうるさくなかった時代でした。

運転の、身体感覚も好きです。首都高を代々木で降りるときのカーブ、ここは僕の車のサスペンションの良さがすごく味わえるところなんです。左に曲がっていくときに、フッと落ちる感覚。他の人とは共有できない、自分だけの快感ですね。でも、自分の運転技術が高いとは思ってないし、峠道をギュンギュンお尻ふりながら登っていくことには、ほとんど興味がない。

クルマを運転していて一番好きなのは「目指す場所へ向けて、いま、確実に近づいているんだ」と実感できるところ。だから、渋滞は大嫌い! 本当に嫌ですね。なにか、大切なものが奪われている気がしてしまう。高速道路で渋滞すると、すぐ下道に降りちゃいます。それで右往左往して、また高速に乗り直したら余計に遅くなっちゃった…なんて迷走することもしょっちゅう。それくらい、止まりたくない。遠回りになっても、走り続けていること自体が、快感なんですよ。目的地へ着くことも大切な目的であるけれど、“走り続ける”ということもまた、大切な目的なんです。

映像と舞台の違い。俳優として感じる、演じる難しさと喜び

初舞台の稽古で一番戸惑ったのは、同じシーンが毎日あって、同じセリフを繰り返すこと。映像だと、OKが出れば翌日、同じシーンを撮ることはない。毎日、繰り返すというのは初めての体験でした。演出家の方から、昨日は「これでいい」って言われたことを、また同じようにやっているつもりなのに、今日は「違う」って言われる。それは、僕がズレているのか、それとも演出家の方の考えが変わったのか、わからなくて。

それから舞台に出続けて15年。経験を重ねた今は、昨日と違うことを演出家が言うのは当たり前だって思うんです。お客さんだって毎日違うし、反応も変わるわけだから。舞台は「いま」「ここ」にしか存在しないからこそ、ダイレクトに感じられる反応が醍醐味でもありますし。

例えば、自分があるセリフを言ったとき。誰かが、何かをした瞬間。その劇場の一番後ろの端っこの席にいる人にまで、錯覚かもしれないけど「届いた」と感じることがあるんです。映像作品がヒットして、たくさんの人に長く観てもらえるのもすごく嬉しいけど、実際に目の前で観てくれてる人を全員感じられるのは、また違う喜びがありますね。

いまだに舞台では「こうかな?」「それともこっちか?」ってわからなくて、必死に考えて迷走して、結局戻ってきたのは、3日前にいた場所だった、なんてことがよくあります。すると、すごく損した、時間泥棒された!みたいに思うけど、そこで悩んで、迷走した過程って無駄にはならないと思うんです。

クルマだったら、迷って遠回りすればガソリンが減っちゃう。でも、俳優の仕事の場合は、自分の足で走っているようなものなので。遠回りしたおかげで「ちょっと筋肉がついたな」「いい汗をかけたな」ってことがある。だから、やっぱり、迷走したって、前へ向かって走り続けていることが、大切なんです。

舞台も映像も、新しい現場は、いつまでたっても怖いですよ。新しい舞台の稽古に入る日。新しい映画のクランクインの日。30年以上やってるのに、なんでいまだにこんなに緊張するんだ?って思う。けど、どれだけ経験があっても、作品が違えば、それは確実に自分にとって「新しいこと」なんです。毎回毎回、存在しない架空の人物を演じるために「こいつはどんな人間だ?」って、熱くなって考えます。同じ役を再演するときだって、前と同じ自分じゃいけないし。そうやって、仕事でも、新しい景色を見るために走り続けるのが、僕にとっては快感なんだと思います。

Information

世田谷パブリックシアター+エッチビイ
「終わりのない」
世田谷パブリックシアター
2019年10月29日〜11月17日
https://setagaya-pt.jp/performances/owarinonai20191011.html
脚本・演出:前川知大
原典:ホメロス「オデュッセイア」
監修:野村萬斎
出演:山田裕貴 安井順平 浜田信也 盛隆二 森下創 大窪人衛/奈緒 清水葉月 村岡希美/仲村トオル

文◎伊藤裕香 撮影◎井野友樹
ヘア&メイク◎宮本盛満
スタイリスト◎中川原寛(CaNN)

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