50011「自分で自分がわからないんですよ。本音に蓋をしてきた人生ですので。もしかしたら蓋を開けたいという願望があって、この職業を選んだのかもしれない」|俳優・ムロツヨシ

「自分で自分がわからないんですよ。本音に蓋をしてきた人生ですので。もしかしたら蓋を開けたいという願望があって、この職業を選んだのかもしれない」|俳優・ムロツヨシ

男の隠れ家編集部
編集部
ムロツヨシさんは不思議な役者である。温かな人柄を感じさせながら、孤高に生きる人間の空気感をまとっている。映画にドラマに脇役として活躍してきたが、今年初めて映画「マイ・ダディ」で主役を務めることになった。45歳になった現在、役者として新たな転機を迎えているムロさんの隠れ家とは――。
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【プロフィール】俳優 ムロツヨシ
1976年生まれ、神奈川県出身。99年に作・演出を行った舞台で活動を開始。現在はドラマ、映画、舞台とジャンルを問わず活躍中。2008年から始めた自身のプロデュース舞台「muro式」では脚本・演出を手がけ、出演もする。近年、ドラマ「大恋愛~僕を忘れる君と」(18)、「親バカ青春白書」(20)、「ハコヅメ」(21)、映画『最高の人生の見つけ方』(19)、『新解釈・三國志』(20)、舞台「恋のヴェネチア狂騒曲」(19)などに出演。21年9月公開の映画『マイ・ダディ』で初の主役を務めた。他に『ボス・ベイビー ファミリー・ミッション』の公開を控えている。

脚本を読んで号泣した映画作品。初めての主役は役作りを捨てるという、今までと違うやり方で撮影に臨みました

映画「マイ・ダディ」で初めて主役を務めました。脚本を最初に読んだのは3、4年前、飛行機に乗っている時でした。周りに人がいたにもかかわらず、主人公と娘との親子愛に号泣しました。主人公の御堂一男という男に、この物語に惚れました。主人公は描かれている通りの真っ直ぐな男です。教会に行っているうちにそのまま牧師となり、一目惚れした女性(江津子)と結婚をするが、先立たれて娘のひかりと二人暮らし。その娘が病気になって……。人を疑うより、自分を憎み呪ってしまう。こういう男を演じるには、初見の、脚本を読んだ時の自分の感情と、現場で娘とともに演じることを大事にしたいと思いました。金井純一監督とも相談させていただいて、役作りを捨てるという、今までと違うやり方で撮影に臨みました。

役者ですから、いつもはしっかり準備して、演技プランの選択肢をいくつか持って現場に行きます。今回は役作りの選択肢を捨て、計算しそうになる自分を消し去る作業の方が多かった。完成した作品を見て、あ、こんな顔をするんだ、と思ったのは初めてでした。いいお芝居をしているとは一切思わないんですが、自分が役者みたいだね、お芝居をしているねと思いました。役になるという言い方は嫌いですが、役に向き合えていると思えました。今までとやり方を変えたことは良かったのでしょうか。自分では良かったと思っていますが、観客の皆さんの反応を知りたいです。いつもは一回見るだけが多いですが、今回は映画館に何回も味わいに行きたい。お客さんが入っているところの、後ろあたりで、しれ~と見ていたいですね。

自己プロデュース舞台「muro式」。2020年、2021年から、表現者として演出する人間として、自分なりのこだわり、見せたいものを明確にしてやっています

32歳の時から「muro式」という舞台を毎年開催しています。脚本、演出、出演まで、自分で自分をプロデュースする舞台です。僕は待っていても仕事が来るタイプではないので、「muro式」は自分を知ってもらうためのオーディションだと思っています。僕と仕事がしたいという人、こいつが芝居するなら、ドラマやるなら、映画やるなら見てみたいという人をひとりでも増やすために始めた舞台です。

実はこれも、去年、今年あたりからちょっとやり方を変えました。自分を知ってもらうためでなく、表現者として演出する人間として、自分なりのこだわり、見せたいものを明確にしてやっています。「マイ・ダディ」や「muro式」だけでなく、今年公開される他の映画でも、新しい選択をしているのでぜひ見てほしいですね。皆さんがジャッジしてくれたら、新しいムロツヨシになっています。変わらなければまだまだ変化が足りないのかもしれない。いずれにしても、歳のせいもありますが、少しずつ自分が楽しむ方法が少なくなっているので、これからはちょっと楽しみ方を探そうと思っています。

僕は主役だけやりたい俳優ではないです。主役を経験したことで、脇と言われる、または主役でない役柄になった時に、これからは演技に厚みを持ってできるかもしれない。ここは邪魔しちゃいけない、ここは邪魔をしてでもわかってくれるだろうとか、判断をするにはすごくいい経験の時間を過ごさせてもらいました。あとは、主役としてやるべきことは、美味しい弁当を差し入れ、お菓子がなくなったら補充することですね(笑)。

ムロツヨシは皆さんが知っている一面だけではなく、多面的であると思います。みんなが知らないダークサイドが絶対にあります。いかにそれを隠しきれるか

役者とは、恥ずかしい仕事だなと思います。自分が動物としたら、自分で勝手にオリに入って見てくださいと言っているわけですから。恥ずかしい仕事にやりがいを感じているなんて、ちょっとおかしい(笑)。どこかでそういう欲があることは可哀そうであり、残念な生き物だと思います。どこかで気持ちよくなっている自分がいますが、気持ちよくなっちゃいけないとも思っています。

僕が役者になったのはある舞台を見て、あっち側に行きたいという衝動だけでした。俳優になってみたけれど、この歳で言えることは、自分で自分がわからないんですよ。本音に蓋をしてきた人生ですので。蓋をすることを覚えてしまった幼少期があって、もしかしたら蓋を開けたいという願望があって、この職業を選んだのかもしれない。40代になってそう考えるようになりました。

最近になって、演じるということに以前よりもすごく興味が湧いてきました。一方で見られることの恐怖感もあるし、喜びも増えています。では、何でやりたいのかと言うと、ここを求めていたんでしょうね。自分を知る、知りたいですよね。蓋をしちゃっているから。まだ蓋を開けられないですね。なかなか自分をさらけ出すことができない。もしかして、さらけ出す瞬間があっても、その後にはさらけ出していない自分を作っている僕がいるのかもしれない。

「ムロツヨシ」は皆さんが知っている一面だけではなく、多面的であると思います。みんなが知らないダークサイドが絶対にあります。いかにそれを隠しきれるか。隠していることがばれてもいいですが、どんなダークサイドだろうと思ってくれる人が、ひとりでも多くなればいいなと思います。昔の俳優はプライバシーを語らない。秘密があることはいいことだという考えもありますが、僕は少しずつ伝えながらも、実は全部伝えていないことを伝えているつもりでいます。

僕の隠れ家はキッチン。僕がキッチンにいる時は、お腹がすいている時だけでなく、考え事をしたい時です

隠れ家はできれば自然の中にほしい。僕は走るのが好きなので、川沿いのどこかに、小さなアパートでもいいから隠れ家になるような家があったらいいな。現実にはまだ、手に入れられていませんけれど。普段の生活の中で隠れ家と言えるのは自分の家しかないです。家の中での隠れ家は、恥ずかしいけれど、キッチンですね。対面式のキッチンが気に入ったので、その部屋を選んだくらいです。オープンな空間なので、全然隠れていないですけど。

キッチン側にお気に入りの長椅子を置いて、自分で調理した料理を、ガスコンロの前で食うという、僕だけの時間。そんな時は思いきりリラックスしていますね。ビールを飲んで、焼酎を飲んで、料理は炒め物か鍋物。あとは、フライパンでひとり焼肉。たまに時間がある時はローストビーフを低温でじっくり焼くなど、手の込んだ料理も。自分のためだけにチャレンジして、いろんな味付けを試みたりしています。誰かのために作るのも楽しいですね。友だちを呼んだ時にも、僕はキッチンにずっとステイしています。キッチンで料理を作って飲んで、リビングにいる友だちと話をしています。そこからはテレビを見られるような配置になっているのでテレビも見られます。

僕がキッチンにいる時は、お腹がすいている時だけでなく、考え事をしたい時です。リビングの椅子に座って考え事をするよりも、キッチンにいる時の方が、考え事の整理が付くことが多い。キッチンから部屋全体を見ている時や、換気扇の下で換気扇の音を感じながらぼけっーとしていたりする時間が、僕にとっての隠れ家です。もう一つ欲を言えば、窓を開けると、そこに広がる風景があればいいんですが、今はそういう環境にないので、できれば、キッチンから見渡せる窓の外の風景がほしいですね。

今できること、やったら楽しそうなことをストックして、自分の頭の中で羅列していく作業。自分と向き合うために、隠れ家で使うホワイトボードを買ったのかもしれませんね

キッチンで考え事をしている時は、仕事のことを考えることが多いです。今は特に、考え方を増やしたいと思っています。今のご時世、いろいろと変わってきているので、それを受け入れ、今までの固定観念を捨てて柔軟性を持って臨みたい。今まで当たり前にできたことを一回削除して、今できること、やったら楽しそうなことをストックして、自分の頭の中で羅列していく作業。キッチンではそういうことを考えています。

以前から僕はその日その日を楽しむというよりも、今までの自分だと通用しないだろうな、みんなが飽きちゃうだろうな、見てもらえないだろうなという、危機感を強く持っています。仕事に慣れてしまうと一気に仕事の質が下がったことが自分でも見えるので。焦ってしまうというか、怖がってしまうんですね。本当はもっと自分を楽しませてあげたい。そのためには、考え方とか言葉とか、自分の中のものを整理しなくてはいけないのに、40歳を過ぎてもまだ整理がつかない。仕事がなくなってもいいから、やりたいことをやってほしい、何かしら無茶をしてほしいと、キッチンで自分に言い聞かせています。

最近ホワイトボードを買いました。そんなに大きくなく、キッチンにも持ち運びができる、ちょうどいい大きさ。ノートに書いて考え方の整理をするのと違って、ホワイトボードを使うと、ひとりで“自分会議”ができます。すぐに書いてすぐに消せて、考え方を整理するのにはいいですね。

30代はがむしゃらにやってきた時代。40代になって、作品と役に向き合う時間を増やしていただいた。45歳になった今、向き合えば向き合うほど、自分の足りなさを感じて、自分に向き合う時間が少ないと思うようになりました。できた時間をまだ有効に使いきれていない。今よりも将来はもっと変わると信じて、自分と向き合うために、隠れ家で使うホワイトボードを買ったのかもしれませんね。

<映画情報>
『マイ・ダディ』
2021年9月23日(木・祝)全国ロードショー 配給:イオンエンターテイメント監督:金井純一 脚本:及川真実、金井純一 制作プロダクション:ROBOT 出演:ムロツヨシ、中田乃愛、奈緒、毎熊克哉、臼田あさ美、徳井健太(平成ノブシコブシ)、永野宗典、光石研 ほか
©2021「マイ・ダディ」製作委員会

御堂一男(ムロツヨシ)は、中学生の娘・ひかり(中田乃愛)と2人暮らし。最愛の妻・江津子(奈緒)は8年前に他界。一男は小さな教会の牧師をしながら、ガソリンスタンドでアルバイトに励みつつ、ひかりを男手ひとつで育てている。2人の穏やかで幸せな日々は続いていく……と思っていた、ある日、突然ひかりが白血病に倒れてしまう。そして、さらにある衝撃的な事実を告げられる。なんと、愛する娘は、自分の実の子ではなかった。ひかりを助けるため、一男は、ある思い切った行動に出る……。

文/阿部文枝 撮影/島崎信一 ヘアメイク/池田真希 スタイリスト/森川 雅代(FACTORY1994)

・ニット/¥63,800/ALMOSTBLACK/[email protected]
・カットソー/¥20,900/YOKE/ENKEL/03-6812-9897
・パンツ/¥20,900/STILL BY HAND/STYLE DEPARTMENT/03-5784-5430
・シューズ/¥12,100/ASICS/アシックスジャパン株式会社 お客様相談室/0120-068-806

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