数々のテレビドラマや映画で主演を務めてきた俳優・古谷一行。金田一耕助役やブームとなった「金妻」シリーズでの演技は、今も印象に残る人が多いだろう。最新映画『マチネの終わりに』では、主人公を見守る役にポジションを変えて渋い演技を見せている。そんな古谷一行にとっての“隠れ家”とは?

【プロフィール】俳優 古谷一行
1944年、東京生まれ。中央大学在学中に劇団俳優座養成所に入り、67年俳優座に入団。69年、映画『新選組』で映画デビュー。77年から連続ドラマ『横溝正史シリーズ』で金田一耕助役を演じて脚光を浴びる。「金曜日の妻たちへ」(83)、など、テレビドラマで数々の当たり役がある。近年では、NHK連続テレビ小説「ひよっこ」での祖父役、年明けには、白井晃演出の舞台「アルトゥロ・ウイの興隆」(2020年1月11日~2月2日)KAAT神奈川芸術劇場公演に出演する。

役者の勉強をするのにそんなことまで必要なのかと、カルチャーショックを感じて俳優を志した

俳優になろうと思ったのは大学時代ですね。中央大学法学部の2年生の時でした。演劇研究会に入っていたのですが、秋の学園祭の準備のために、夏休みに合宿があり、そこへ演劇研の先輩で、俳優座養成所の研究生だった方が指導にいらっしゃった。その方が養成所で習っていることを、僕らにも練習させたのです。それが僕にとってはカルチャーショックでした。

それは笑う、泣くなどの人間の感情を表現する稽古でした。例えば、泣くという稽古では、みんなで一人の人間を、わざと言葉で苛め、そして“泣く”という感情を無理やり体験させるのです。役者の勉強をするのに、そんなことまで必要なのかと、それはもうびっくりしました。その合宿の体験を通じて、養成所の試験に受けて合格すれば、俳優になれる可能性があると、おぼろげながらわかってきました。そして実際に試験を受けて合格し、役者への道が開けました。

養成所に入ったのは大学3年生の時、二十歳でした。昭和39年(1964)の東京オリンピックの年です。養成所時代は、とにかく楽しかった思い出だけです。40人くらいの仲間が、それぞれ自分こそが主役だと言い合っている。そんな熱意ある仲間たちと3年間一緒に勉強していくわけですから、毎日が楽しいですよ。セリフだけでなく演劇史などを学び、体を動かすフェンシングやクラシックバレエも練習しました。「ハムレット」はタイツを着るので、バレエもタイツ姿なのです。朝から晩まで色々な授業がありました。

最初は苦手だった金田一耕助役。克服できたのは監督の存在が大きかった

劇団をやめてテレビドラマに出演し始めた頃、NHKの朝ドラにも出演しましたが、注目されるまでにはいたりませんでした。30歳になって木下恵介さん制作・演出のドラマ「華やかな荒野」で初めて主役に抜擢されました。しかし、自分に自信があるわけではない。とにかく与えられた役を必死に熟すだけでした。しかし、夜の10時からのゴールデンタイムに半年間、お茶の間に俳優としての自分をさらしたことが突破口になり、次の連続ドラマ・横溝正史シリーズに声をかけていただいたのです。

最初は役をもらったことを喜ぶよりも、金田一耕助という名探偵を演じるのは“苦手だな”“僕の範疇ではないな”などと思っていました。それまでの役はギューッと内へ締まっていく内省的な人物だったから、彼のような精神を開放している自由人を表現するのが苦手だったのです。京都での撮影でしたが、最初の頃は東京に帰りたいとずっと思っていました。

苦手意識を克服したのは、監督の存在があったからです。「犬神家の一族」の工藤英二監督、「本陣人事件」の蔵原惟繕監督など。監督はダイナミックな金田一、人間に対して心優しい金田一など、僕のいろんな面を引き出してくれた。そうするうちに、だんだん“俺の金田一”だと思うようになれたのです。共演者も凄い俳優さんばかりでした。素晴らしい監督がメガホンをとってくれて、自分の代表作になりましたね。

俳優という仕事は、シビアでありますが、いい結果を出して作品が評価されると、その俳優も評価される。今まで作り上げてきたものもありましたが、どこかで役を失敗する恐怖感もありました。金田一役にはまさに、その恐怖感があった。でも、いいものは必ず評価されて返ってきます。だから、俳優という仕事は素敵だと思います。

劇団に入ったのが23歳の時で、それから数えると今年で52年目になります。金田一耕助役で感じた、苦手意識のようなものは、今では自分のなかで淘汰されてなくなったような気がします。年齢もありますが、これをやったらどうこうというのはなくなって、今は仕事での出会いを楽しんでいます。

福山雅治君は面白い男でした。共演者との出会いは楽しい

最新作は映画「マチネの終わりに」。西谷弘監督、福山雅治さんをはじめ、共演者の皆さんとは今回が初めての顔合わせでした。僕一人で平均年齢を上げています(笑)。天才ギタリストの福山さんと、国際派ジャーナリストの石田ゆり子さんのラブストーリーで、僕は福山君の師匠のギタリスト・祖父江誠一役。ギターは若い頃、弾いていましたが、クラシックギターは初めてでした。プロの方に持ち方から教えていただき、みっちりと練習しました。

登場は巨匠としてステージで演奏しますが、次にストリートミュージシャンと演奏を楽しむようなシーンもあります。祖父江という人間の柔らかさ、自由さが一瞬のうちに表現されて、演じていて嬉しかった。人間としての幅を描いてくれた西谷監督に感謝しています。

人との出会いは楽しいですね。初めて共演する福山君は面白い男でした。すごく好奇心が強くてね。長崎で就職して仕事を辞め、それから東京に出てきた昔のことを話してくれました。今回の映画は “運命”がテーマです。 まさに、それが福山君にとっての運命だった。それは僕にも言えることです。劇団をやめてテレビの世界に行ったことは運命でしょうね。福山君とは、その時代の話もしました。

金妻シリーズ(ドラマ「金曜日の妻たちへ」(1983))では不倫をする役どころでしたが、今回の映画では恋愛をする二人を見守る役になりました。でもね。祖父江のセリフにこんな言葉があります。

「パリ、昔は好きだった。でも、今、俺の年代では女性が美しく見えすぎて嫌だ」と(笑)。

まったく枯れちゃったわけじゃないよ、というのが見えたりする、ちょっと色っぽいセリフです。若い頃は、例えば俺が結婚する相手はもうこの世に存在して息をしているんだ、と考えるような、ロマンチストの面もありましたが、この歳になると、そういう宿命とか運命とかは感じなくなって、もう少し現実的になったかもしれません。

箱根の別荘は仕事に向かっていく、助走のような、覚悟というか。そういうものを作っている場所かもしれない

僕にとって心の拠り所は箱根の別荘です。箱根の前は長野県の蓼科(たてしな)に隠れ家がありました。夏の暑さに弱いもので、クーラーがなくても過ごせる蓼科が気に入っていたのですが、犬(わん)ちゃんがそこで事故に遭うアクシデントがありました。つらい思い出の場所になってしまい、そこは友達に譲り、その後、箱根にマンションを買いました。

今は少し休みがあれば通っていますよ。東京からだと一時間半で行ける近さがいいですね。箱根に行く時は最低でも二泊します。一泊では行きませんね。二泊しないとのんびりできないですから。向こうでは、色々な所を見て回るよりも、部屋でのんびりしていることが多いです。

とはいえ美味しい店もあるので、たまには外に食べに出ることもあります。福山君に箱根にある蕎麦屋を紹介したら、二回も行ってくれて。彼はそういうところはフットワークが軽いですね。ロケでパリに行った時には寿司をご馳走になって、お礼に僕も東京の行きつけの寿司屋を紹介したら行ってくれました。箱根はそんな店を見つける楽しみもありますね。

別荘ではのんびりするだけでなく、次の仕事のためにセリフを覚えることもあります。東京にいると雑事はどうしてもありますが、箱根に行くとそういうことが一切ないですから、セリフを覚えるのは、そうした環境のところがいいですね。

それ以外の時には、よくテレビを見ています。スポーツ番組を見ることが多いです。若い頃から自分でも色々なスポーツをしてきました。水泳、ダイビング、スキー、ゴルフ……。最後はゴルフでしたが、年齢的に行かなくなりましたね。でも、スポーツを経験してきたから見ることも大好きです。今面白いと思うスポーツは、やはりラグビーですね(2019年10月現在)。あとはプロ野球。スポーツは筋書きのないドラマだから面白い。

別荘はたまたま、そこにあるから行っているというだけで、僕の場合はそこで仕事のオンとオフを切り替えるということはありません。別荘は仕事をするために英気を養う場所でもあります。

元々仕事が好きです。やはり僕は役者という仕事が好きなんだと思います。別荘は僕にとって仕事に向かっていく助走のような、俳優としての覚悟を作っている場所かもしれないですね。


(出演情報)
映画『マチネの終わりに』
11月1日(金)全国東宝系にてロードショー
https://matinee-movie.jp/
配給:東宝 監督:西谷弘 
原作:平野啓一郎「マチネの終わりに」 脚本:井上由美子 
出演:福山雅治、石田ゆり子、伊勢谷友介 桜井ユキ、木南晴夏、風吹ジュン、板谷由夏、古谷一行
©2019 フジテレビジョン アミューズ 東宝 コルク

文/阿部文枝/撮影/島崎信一 ヘアメイク/西島容子・スタイリスト/中村剛(ハレテル)