8656「牛ステーキがおいしく食べられるうちは現役を続けたい」 | 鏑木毅 プロトレイルランナー

「牛ステーキがおいしく食べられるうちは現役を続けたい」 | 鏑木毅 プロトレイルランナー

男の隠れ家編集部
編集部
山岳マラソンとも言われるトレイルラン。草原や山岳地帯、町をつなぎ決められたコースでタイムを競うトレイルランレースの中で、世界標準の最高峰のカテゴリーとして設定されているのが100マイル(160〜170km)だ。優勝する選手でもフィニッシュするまでに約20時間かかり、レースはもちろん、そこに向けたトレーニングも過酷極まりない。2019年に50歳となった鏑木毅は、現役アスリートとしてその100マイルレースに挑戦し続けている日本のトレイルランの第一人者。彼の挑戦を支える食とホッと落ち着ける“隠れ家”は、東京・町田にある地中海料理屋「コシード」だった。
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【プロフィール】 かぶらき つよし
30代に国内レース敵なし、実質日本一のトレイルランナーとなり、2007年から世界に挑戦開始。フランス、スイス、イタリアの3カ国をめぐる100マイル(170km)の世界最高峰トレイルランレース「UTMB」で2008年に4位となり、40歳となる翌2009年に県庁職員を辞めてプロトレイルランナー転身の決意をした。その年、同大会で世界3位に入り、日本人として初めて表彰台に登壇。そのチャレンジを追いかけたNHKドキュメンタリー番組「激走モンブラン」の放送が、近年のトレイルランブームの火付けとなった。50歳を迎えた2019年には「NEVERプロジェクト」として再びUTMBに挑んで話題を集めた。

ハードな練習後に身体が欲するんです

「コシード」は妻から教えてもらったスペイン地中海料理屋です。青山学院大学の陸上競技部がよく食べに行くお店として、妻がウェブメディアの記事で見つけ、初めて行ってみたのが2年くらい前のことです。陸上競技部の生徒たちがよく行くのだから、タンパク質がしっかり摂れて、美味しいのだろうなと予想していましたが、まさかここまでハマるとは思いませんでした。

スペイン料理をメインとした家庭的な地中海料理が楽しめる「コシード」。カウンターを含めると約40席ほど。ピーク時はランチもディナーもぎっしり満席になる。住所:東京都町田市中町1-4-17

ランニングだけでなく、スポーツで重要な栄養素のひとつがタンパク質です。とくにトレーニング後は筋繊維が壊れた状態で、それを新しく、強い筋線維に再生させるために欠かせません。ただ、僕自身は魚の方が好きなので、基本的にはタンパク質摂取も魚がメイン。家でも外でも肉を食べることはほとんどありません。そういう意味で「コシード」は特別ですね。ガッツリと練習した後や極度に疲労した時に牛肉を食べたくなるというか、身体が本能的に欲するんです。そうするとここへ来て「スペシャル牛ステーキ」か「特選和風ガーリック牛ステーキ」を食べます。

ヨーロッパ遠征を何度もしてきたので、本場スペインの味は結構分かっているつもりです。その上で言わせてもらうと、「コシード」は本場よりおいしいと感じます。日本人の味覚にアレンジされ、癖になるくらい中毒性のある美味しさなんです。あと、これはアスリート目線での話ですが、ここの牛ステーキはダイレクトに血や肉になる感覚があるんです。青山学院大学の部員も、そんな感覚があるからよく食べにくるのかもしれないですね。

行き始めたのはここ2年だが、すでに常連の中の常連に。店長とも親しくなった。

牛ステーキはかれこれ60回以上食べた

初めてお店に来た時に食べたのがスペシャル牛ステーキ。お客さんのほとんどがそれを食べていて、オーダーして食べてみたら衝撃を受けました。肉は赤みが残るレアで出てきますが、その焼き加減に絶妙な風味があります。食べてみると肉はやわらかいのですが、歯ごたえも残されているので、薄くスライスされたステーキでも食べごたえは充分。からめられたオリジナルのガーリックソースが、ご飯によく合います。付け合わせのスープも、サラダもおいしく、とくにサラダのドレッシングは秘伝の味。牛ステーキやご飯との相性が最高にいいですね。高いお金を出せば、いくらでも美味しいものは食べられるでしょう。でも、この値段で本場に負けないこの味を提供しているお店はなかなかないと思います。

ランチの特選和風ガーリック牛ステーキは1580円でこのボリューム。スペシャル牛ステーキは1080円。

店内には昭和レトロな雰囲気が漂っています。スペイン料理なのに入口には赤提灯があり、値段も庶民的。個人的にはこういう店が落ち着きますし、好きですね。自分にとっては初めての、お気に入りの店。ここの味に惚れたのもありますが、お店の雰囲気も好きです。かれこれ60回以上は来て、牛ステーキを食べていると思います。ハードな練習をこなす時期は、毎日のように通ったこともありました。

メニューは豊富。野菜の仕入れは1日3回、米は新潟から仕入れたコシヒカリ、魚・肉類は十日市場で仕入れ、常に新鮮なおいしさを提供してくれる。

過去の自分と決別したかった

もともと胃腸が強いので、50歳になっても食欲はまだ衰えませんね。ただ、肉体的な衰えは30代後半からずっと感じ、世界3位になってからの40代は、ひたすら加齢と戦う日々でした。そんな苦しい40代を耐え忍んで、50歳で再びトレイルランの世界最高峰レースと言われるUTMBにチャレンジした理由は、過去の自分と決別をしたかったからです。肉体的なパフォーマンスが明らかに落ちていく40代の日々の中、「世界3位」の頃の自分を振り返ることが多くなり、いつしかそれが心の拠り所になっていたのです。ある時ふと、自分が過去のことばかり口にしているな、と気づいたんです。

世界一美しく、世界一過酷なトレイルランレースと言われるUTMB。ヨーロッパアルプスを舞台に100マイルを走るクラスが、現在の実質的な世界選手権になっている。

もちろん、50歳の自分が40歳の自分を超えることはできないと分かっていますし、プロとしてチャレンジを宣言した以上、輝かしい世界3位の実績に泥を塗ることにもなりかねません。でも、人生の折り返しである50歳の節目を前に、自分の感情にしたがって、素直にやりたいチャレンジをしてみようと決めました。人の評価は気にせず、自分が一生懸命にやったと思えれば、どんな結果になろうとそのチャレンジは失敗ではない、と。その姿を見て誰かが喜んだり、元気になったり、勇気づけられるのであれば、自分がプロとして現役を続ける意味がまだあると思えたのです。

トレイルランには明確な引退時期がない

MLBのイチローさん、Bリーグ最年長として奮闘されていた折茂武彦選手が次々に引退されて、同世代で頑張り続けているスポーツ選手で、パッと思い浮かぶのはJリーグのカズ(三浦知良)さんだけになりました。僕よりふたつ年上ですが、ずっと意識している存在ですね。全盛期のプレーをするのが難しいと分かっていても、やり続ける美学をカズさんは持っているのだと思います。現役にピリオドを打って監督やコーチなど裏方に回る道を選ばず、自分自身がまだ汗をかいていたいという勝敗を超えた価値感、自分の理想とする姿を追い求めているのでしょう。素直に格好いいなと思いますし、自分もそういう生き方をしたいと思っています。

2019年、50歳で挑んだUTMBでは、初めて家族とともにフィニッシュをした。「娘にこの景色を見せたかった」。

もちろん、辞めたいなと思った時は何度もありました。30歳まで、40歳まで、45歳までと言っているうちに、気づいたら50歳(笑)。この先どこまでやれるか分かりませんが、楽しいなと思ってやれるうちは頑張りたいですね。自分が辞めたくないのに、世間的な「歳だから」という視線を理由に辞める必要はないというのが持論です。チームスポーツのように枠から外されるわけではなく、トレイルランには明確な引退時期がありません。真剣にやっていれば、いつまでも現役選手でいられます。だから、「コシード」の牛ステーキがおいしく食べられるうちは、現役を続けるつもりです。

人生の折り返しである
50代からの生き方が変わる!
鏑木毅MIND SET マインドセット発売中

野球少年がランニングと出会った運命の日から、加齢と戦い続けた40代の苦しい日々、50歳のUTMB挑戦「NEVERプロジェクト」完逐までを鏑木毅自身が振り返った1冊。どん底に落ちてもはい上がってこられたのは「マインドセット」できたから。競技生活だけでなく、人生をも豊かにするその考え方をどう体得してきたのかも記されている。1540円(税込)。

店舗情報: コシード
住所:東京都町田市中町1-4-17
電話:042-728-5340
営業時間:[月曜] 17:30~:20:00 [火~金曜] 11:30~22:00 [日曜、第1・第2月曜] 定休日

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