映画「男はつらいよ」シリーズ開始から50年目を記念して制作された、第50作目「男はつらいよ お帰り 寅さん」が、正月映画として公開されている。

遅ればせながら、つい先日観賞できたのだが、往年のファンにとっては嬉しいわ、感動するわで、それはすばらしい内容であった。それを記念して、今回は寅さんこと車寅次郎が訪れた信州の温泉地を、印象的なエピソードとともに紹介したい。

寅さんはひなびた温泉が大好きだ。たとえば信州の小諸駅前。バス待ちのおばあちゃんに「おめえさま、どごへいくだ?」と、訊ねられた寅さんは、こう答える。

「近くにひなびた温泉でもないかね。ねえ? 川っぷちに露天風呂があって、頭に手ぬぐいでも乗っけて月眺めてると、村の娘が『ちょいとごめんなさい、今晩お泊り?』なんて話しするような所がさ、ヘっヘっヘっへっ……」(『男はつらいよ』第40作 寅次郎サラダ記念日より)

第30作(花も嵐も寅次郎)では、湯平温泉のなじみの旅館に寅さんが久しぶりに訪れる。「おやじ生きてたか、えぇ? 心配してたんだよ。この家、つぶれちゃったんじゃないかと思ってさ。経営者の頭、古いから」

宿のおやじも怯まず、「連れて来たのか? 嫁さん」と巧みに切り返す。このやりとりで、お互い気心の知れた関係なんだろうなぁと、瞬時にわかるという具合だ。

そんな調子で、全国をまたにかけて旅する寅さん。温泉地にもよく立ち寄っていたが、私が特に印象深いのが第18作『寅次郎純情詩集』で訪れた信州・別所温泉での出来事である。この温泉地で、寅さんは旅役者の一座と再会を果たした。座長や看板娘の小百合たちは、かつて世話になった寅さんを「車先生」と呼んで慕っていた。

無事、その日の公演が終わり、寅さんは一座を旅館へ招いて大宴会。飲めや歌えの大盛り上がりとなる。翌朝、車で出発する一座を、寅さんは旅館の2階から見送る。

「またいつか日本のどっかで、きっと会おうな!」と、気風良く送り出したはいいが、上がってきた仲居さんが「恐れ入ります、お勘定を」と、一言。当然、ゆうべの宴会代も伝票に入っている。そこで「は〜ぁ」と、現実に戻る寅さん。

別所警察署から「お兄さんが無銭飲食しました」と電話を受けた妹のさくらが、わざわざ別所温泉まで兄の身柄を引き受けに向かうのである。

ここから、さくらの行動を追いがてら別所温泉に向かってみよう。さくらが乗ったのは上田電鉄・別所線。上田駅と別所温泉をむすぶローカル線である。いまだ車両には映画と同じ丸窓があいており、その外を信州の田園景色が流れてゆく。

終点の別所温泉駅に到着。今では駅舎はリニューアルされ、新しくなってはいるけれども、ほど良く「古さ」が保たれ、映画に映ったころの面影も残っている。あたりの町並みも落ち着いていて、どこかのんびりしている。

ぶらぶら歩くうちに別所温泉センター(資料館)を見つける。当時は村役場だったが、映画のなかでは、ここが「別所警察署」として利用されていたのだ。ここで寅さんは一晩を過ごし、拘留されていたが、いつの間にか署員たちとも仲よくなってしまっていた。「監視付き」ながら、ひと風呂浴びに出歩くなど、なんだか楽しそうに過ごしていた。

署に到着したさくら。例の宴会代に加え、寅さんが勝手に頼んだ出前(寿司、うな重、ざるそば)、さらには署員たちへの8杯分のコーヒー代を支払おうとしているところへ寅さんが戻ってくる。

「あ〜、いい湯だったなぁ〜。これで冷たいビールの一杯でもいきゃ申し分ねえけどよぉ、警察ホテルじゃそうもいかないや、はははは……おぉ、さくら、来たか。早かったなあ」と手ぬぐいを頭に乗っけてお気楽な寅さん。

ともあれ一件落着。パトカーで別所駅まで送ってくれるおまけ付きだ。その後、さくらたちに説教されて、寅さんは一応それなりに反省する。別所温泉で、この一連の出来事をふり返ってみた。どう考えても寅さんは、もう本当にどうしょうもない。まあ、それでも憎めないんだけれども・・・。

さて、別所温泉で寅さんが泊まった宿は、北向観音の前にある通りの土産物屋で、実際は旅館ではなかったようだ。警察署を出て、ひと風呂浴びに出たのはどこか? とりあえずは、そのすぐ近くの共同湯「大師湯」だった可能性が高い。

外見にそぐわず、内部は簡素なタイル張りの小さな湯船。極めて質素だが、この湯は源泉かけ流しで、硫黄の匂いがして、とてもいい湯質だ。

いや、寅さんはもうひと足延ばして「石湯」へ行ったのではないか、とも勝手に想像する。ここは池波正太郎が『真田太平記』に登場させ、「真田幸村公隠しの湯」として有名だが、寅さんが訪れたとき(1976年・昭和51年)は、ちょうど『真田太平記』が雑誌で連載されていた。

浴室には、3人ほど入れば一杯になる小さな岩風呂がある。古きよき湯治場の面影をよく残していて、なんとなく寅さんのイメージに合う。湯は単純硫黄泉で、ほのかな硫黄のにおいがいい。循環なのが少々残念だが、それでも雰囲気は充分に楽しめる。タオルを巻いて湯船に浸かる寅さんの姿を想像しながら、じっくりと別所の湯を満喫した。

これは全48作を通じてだが、寅さんが実際に湯船に浸かったり、身体を洗うような場面は出てこない。タオルを頭に巻いた浴後と見られるシーンはあるが、裸になることはなかった。

実は、寅さんを演じた渥美清の胸には大きな手術痕があったので、裸のシーンが撮れなかったそうなのだ。ほかの登場人物もほぼ同様。さくらの入浴シーンは記憶にないし、堂々と裸になって式根島の露天風呂に入ったのは、タコ社長の娘・あけみ(美保純=第36作)ぐらいであったか。

昔の日本映画って、意味もなくおっぱいポロリなどのサービスシーンがよくあったものだが『男はつらいよ』にはない。別にどっちが良い悪いというつもりもないが、それは山田洋次監督の美学の一環なのだろう。

この日は、なかなか良さげに思えた「桂荘」に宿をとった。昭和のころから続く木造の建物で、気取ったところのない昔ながらの旅館といった感じであった。

立ち寄り湯も良かったが、宿のなかでも、のんびりと別所の良質な湯をかけ流しで堪能できた。湯につかりながら、寅さんのことを想った。

「遠い旅の空から、俺は死ぬ日までお前達の幸せを祈り続けている。あばよ。妹へ、寅次郎」と、さくらへ送られた手紙は熊本「田の原温泉」からであったか。寅さんは、今でも日本のどこかで啖呵売を続け、その合間にのんびり温泉にでも浸かっているのだろう。

〈今回紹介した温泉〉別所温泉
http://www.bessho-spa.jp/

【文・写真/上永哲矢】
歴史著述家・紀行作家/温泉随筆家。神奈川県出身。日本全国および中国や台湾各地の史跡取材を精力的に行ない、各種雑誌・ウェブに連載を持つ。著書に『三国志 その終わりと始まり』(三栄)、『偉人たちの温泉通信簿』(秀和システム)など。