村民の台所「麻釜(おがま)」。村のシンボルでもあるその場所に行くと、湯気がもうもうと上がる中、人々は笑顔で野菜や卵を茹でていた。村内にある13カ所の共同浴場「外湯」めぐりと麻釜での村民とのふれあいが、この旅をよりいっそう思い出深いものにしてくれた。
日本有数の自然湧出源泉「外湯めぐり」を楽しむ
野沢温泉村には「大湯」、「熊の手洗湯」、「上寺湯(かみてらゆ)」、「滝の湯」など13カ所もの共同浴場が点在している。これらの共同浴場は古くから“湯仲間”という制度によって、管理や掃除をはじめ電気料や水道料の負担、当番制で毎日の掃除など、地元住民たちの手で守られてきた。
ありがたいことに旅人も「志(管理費)」を入り口にあるボックスに入れることで、温泉を楽しむことができる。
共同浴場は重厚な湯屋建築が目を引く「大湯」が特に知られているが、先に列挙した浴場以外にも「真湯」や「横落の湯」、「河原湯」など趣ある浴場がずらり。それぞれ少しずつ泉質も異なり、すべての湯船が源泉掛け流しである。
入浴する際、村人たちは「おつかり」「おしずかに~」と挨拶を交わすのが習わしだという。体を癒すためだけでなく、地域の交流という意味でも外湯は重要な存在なのだ。
8世紀前半にこの地を旅した僧・行基によって温泉が発見されて以来、こんこんと湧き続ける豊富な湯量。野沢温泉の湯は基本的に無色透明の弱アルカリ性の硫黄泉で、なめらかな手触りが特徴だ。それにしても先に誰も入っていないと、湯がとても熱い。少しずつ水を足してちょうどいい温度にするのも楽しい作業だ。
さて、村のシンボル的存在「麻釜」へ行ってみる。ここは100℃近い熱湯温泉が湧出するスポットで、この温泉を利用して野菜や卵などを茹でる、昔ながらの村民の台所。泉質にクセがあまりないため、調理に適しているのだ。湯に放った青菜を時々、棒でかき混ぜながらおしゃべりに興じる地元の人々。井戸端会議ならぬ麻釜端会議といったところか。
高温で危険なため村民しか麻釜の敷地内に入れないが、眺めていると「温泉で野菜を茹でると色よく仕上がって、味もよくなるんですよ」と、お母さんに話しかけられた。
すかさず隣で作業していたおじさんが、「ほい、食べてごらん」と、白菜の1枚を差し出してくれた。促されるまま口に含むと、ほんのりした甘味とみずみずしい食感。自然の湯の力でこんなにも味が変わるのか、驚きである。この地でうまれた「野沢菜漬け」は、漬物の定番として全国区だが、元をたどるとこの麻釜にたどり着くのだろう。
緩やかな坂道をぶらりぶらり上り下りしながら、村の中を温泉はしご。狭い路地裏へと入り込んで、住宅のその先にも湯気をあげる小さな浴場を見つけたりすると、つい扉を開けてひとっ風呂浴びたくなる。
野沢温泉村に行くのであれば一泊二日では足りない。何日か逗留して外湯めぐりを極めたいものだ。
文/岩谷雪美 写真/佐藤佳穂