10849西洋絵画史を彩る 世界最高峰のコレクション|「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」 国立西洋美術館

西洋絵画史を彩る 世界最高峰のコレクション|「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」 国立西洋美術館

男の隠れ家編集部
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イギリス、ロンドンの中心部トラファルガー広場に隣接するロンドン・ナショナル・ギャラリー。2020年3月、ルネサンスから近代まで幅広い時代の傑作61点が初来日する。ゴッホの《ひまわり》、フェルメールの《ヴァージナルの前に座る若い女性》をはじめとした名作をこの機会に存分に堪能したい。
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イギリス、ロンドンの中心部トラファルガー広場に隣接するロンドン・ナショナル・ギャラリー。2020年3月、ルネサンスから近代まで幅広い時代の傑作61点が初来日する。ゴッホの《ひまわり》、フェルメールの《ヴァージナルの前に座る若い女性》をはじめとした名作をこの機会に存分に堪能したい。

一生に一度は観ておきたい「西洋絵画の教科書」

 この春に開催されるロンドン・ナショナル・ギャラリー展では、初期ルネサンスから19世紀のポスト印象派まで、各時代の傑作が勢揃いする。ロンドン・ナショナル・ギャラリーは、実は館外で大規模なコレクション展を開催したことはなく、本展が世界初であり、しかも全作品が日本初公開となる。
 ヨーロッパの広範な地域と時代の美術が万遍なく蒐集されたコレクションは、現在では珍しいことではない。しかし、このような百科事典的なコレクションを初めて形成したのは、他ならぬロンドン・ナショナル・ギャラリーなのである。

photo : Phil Sayer, © The National Gallery, London

 世界でいち早く産業革命を起こしたイギリスは、美術の発展という点ではヨーロッパ大陸に遅れをとっていた。だが本国に限らずヨーロッパのさまざまな国の美術を集めることによって「美術史」が形成され、イギリスの植民地だったアメリカを通じて世界中に広まっていった。近年、日本では西洋美術史への関心が高まっているが、その礎をなしたのがロンドン・ナショナル・ギャラリーとそのコレクションなのである。
 本展では膨大な美術品がいかに集められたのか、その蒐集の礎となったイギリスとヨーロッパ大陸の交流がどのようなものだったのかを全7章に分けて紹介。西洋絵画史を理解したい人にとって、本展は最良の「西洋絵画の教科書」になるだろう。

フランス革命で大量流入したイタリア・ルネサンス絵画

 ロンドン・ナショナル・ギャラリーの設立以来、イタリア・ルネサンス絵画はコレクションの中核をなす分野となっている。ルネサンス期のイタリアはヨーロッパの近代文明の礎をなした時代と地域だったことから、イギリスでも昔から好まれて蒐集されてきた。なかでもレオナルドやラファエロ、ヴェネツィア派のティツィアーノなど昔から価値の定まった大画家たちの優れた作品は、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが設立された当時から収蔵されている。
 ルネサンスの巨匠たちの作品がイギリスへ大量に流入するきっかけとなったのは、18世紀末のフランス革命である。フランスに代わって世界の覇権を事実上手に入れたイギリスは、フランスの貴族たちから大画家たちの作品を多数購入した。ティツィアーノの《ノリ・メ・タンゲレ》もそうした作品の一つである。

ノリ・メ・タンゲレ

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ 1514年頃 油彩/カンヴァス 
110.5×91.9cm ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵

©The National Gallery, London. Bequeathed by Samuel Rogers, 1856

題名はラテン語で「我に触れるな」を意味し、復活したキリストがまだ父なる神のもとへ行っていないからとマグダラのマリアを諭している。ティツィアーノの洗練された色彩表現と、聖書の物語と叙情豊かな風景を融合させた場面描写が秀逸。

 本展では主に16世紀の大画家たちの傑作が出品されるが、初期ルネサンスの作品も見逃せない。ミケランジェロやラファエロによってルネサンス美術が完成される以前のイタリア美術を積極的に集め、最初に評価したのも、実は19世紀半ばのイギリスだった。なかでもロンドン・ナショナル・ギャラリーの至宝の一つ、クリヴェッリの《聖エミディウスを伴う受胎告知》は必見である。

聖エミディウスを伴う受胎告知

カルロ・クリヴェッリ 1486年 卵テンペラ・油彩/カンヴァス 
207.0×146.7cm ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵

©The National Gallery, London. Presented by Lord Taunton, 1864

大天使ガブリエルがマリアにキリストを身ごもったことを伝える受胎告知の場面。ヴェネツィア派らしい鮮やかな色彩表現や独特の遠近法の使い方、徹底した細部の描き込みなど、クリヴェッリの優れた才能を示す傑作。

コレクションの仲間入りに時間がかかったオランダ絵画

 フェルメールやレンブラントなどの優れた画家たちの活躍により、17世紀のオランダは絵画の黄金時代を迎えた。宗教改革を機に聖書や神話を主題とする作品よりも風俗画や風景画がオランダの市民社会で好まれて発展を遂げたが、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが設立された当時はほとんど見向きもされなかった。ヨーロッパでは聖書や神話などの尊い物語をいかに描くかが美術の目的とされ、イギリスでも同様の価値観が主流だったからである。

ヴァージナルの前に座る若い女性

ヨハネス・フェルメール 1670-72年頃 油彩/カンヴァス
51.5×45.5cm ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵

©The National Gallery, London. Salting Bequest, 1910

女性が鍵盤楽器の一種であるヴァージナルに手をかけ、こちらに視線を投げかけている。壁に掛けられた絵は何か重要な意味を持つのか判然としない。光の反射や色彩の印象を写し取った、フェルメール最晩年の作品。

34歳の自画像

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン 1640年
油彩/カンヴァス 91.0×75.0cm ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵

©The National Gallery, London. Bought, 1861

レンブラントは生涯に何点もの自画像を残している。本作は画家の円熟期に描かれ、衣装やポーズはティツィアーノらの肖像画を参照していることから、自身が偉大な画家の系譜に連なることを示している。

 しかし、19世紀末から20世紀初頭にかけて重要作品の寄贈を多数受け、現在では世界屈指のオランダ絵画コレクションを形成するまでになった。本展ではフェルメールやレンブラントの作品だけでなく海景画にも注目したい。海景画の歴史は古く、同じ海洋帝国として多くのイギリス人がオランダの海景画を好み蒐集した。オランダ絵画らしい精緻なリアリズムをぜひ味わってほしい。

多くの小型船に囲まれて礼砲を放つオランダの帆船

ウィレム・ファン・デ・フェルデ(子) 
1661年 油彩/カンヴァス 90.0×126.0cm

©The National Gallery, London. Wynn Ellis Bequest, 1876

ヴァン・ダイクの肖像画を目指したイギリスの画家たち

 イギリスはヨーロッパに比べると美術後進国ではあったが、18世紀に肖像画の分野においてレノルズやゲインズバラなどの優れた画家たちにより発展を遂げた。彼らの功績を語る前に忘れてならないのが17世紀のフランドル人画家で、イギリス国王チャールズ1世の宮廷画家を務めたヴァン・ダイクである。
 威厳と華やかさをもって描かれた彼の肖像画は当時人気を博し、後世のイギリス人画家たちもそれに倣った。本展ではヴァン・ダイクやフランドルの画家たちと、イギリスを代表する画家たちの作品を同じ空間で展示し、後者がどのように独自のスタイルを確立していったのかを比較検証する。

レディ・コーバーンと3の人の息子

ジョシュア・レノルズ 1773年 油彩/カンヴァス 
141.5×113.0cm ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵

©The National Gallery, London. Bequeathed by Alfred Beit, 1906

ヴァン・ダイクの肖像画に大きな影響を受けたレノルズは、レディ・コーバーンを慈愛あふれる人物として描き、古代風の衣装と背景によって格調高い作品に仕上げた。深みのある色彩や滑らかな筆致が画家の高い技量を物語っている。

レディ・エリザベス・シンベビーとアンドーヴァー子爵夫人ドロシー

アンソニー・ヴァン・ダイク 1635年頃 油彩/カンヴァス
132.1×149.0cm ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵

©The National Gallery, London. Bought, 1977

クピドから花を受け取る妹エリザベスと、その傍らに立つ姉ドロシー。ヴァン・ダイクは肖像画に神話の登場人物を描き入れることで、描かれた人物の高潔さを表現している。また本作はおそらくエリザベスの結婚を機に描かれたものと推測されている。

19世紀になって価値が定まったスペイン絵画

 エル・グレコ、ベラスケス、ムリーリョ、ゴヤなど、今でこそ世界中でスペイン絵画の巨匠たちの名前と作品が知られているが、他国との間にピレネー山脈が横たわる地理的条件のため、当時はスペイン以外でほとんど知られることはなかった。
 19世紀初めのスペイン独立戦争にウェリントン公率いるイギリス軍が参戦したことを契機に、イギリスを通じてスペイン絵画の価値が確立されることとなる。当時のイギリスでは特にムリーリョが大変な人気を博し、西洋絵画史上における重要画家のひとりに数えられるほどだった。19世紀にはベラスケスが、20世紀初頭にかけてはエル・グレコがヨーロッパ中に名前を知られるようになった。本展ではこのようなイギリスとの関係を明らかにしながら、主に17世紀のスペイン絵画を紹介する。

窓枠に身を乗り出した農民の少年

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ 1675-80年頃 油彩/カンヴァス 
52.0×38.5cm ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵

©The National Gallery, London. Presented by M.M. Zachary, 1826

ムリーリョは17世紀後半のセビーリャで活動した画家。聖書の主題だけでなく、本作のように貧しい少年たちを柔らかな色彩とタッチで描いた甘美な作品も18世紀のイギリスで高く評価された。

マルタとマリアの家のキリスト

ディエゴ・ベラスケス 1618年頃 油彩/カンヴァス
60.0×103.5cm ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵

©The National Gallery, London. Bequeathed by Sir William H. Gregory, 1892

ベラスケスは庶民の台所や居酒屋を舞台に食べ物などの静物モチーフを組み合わせた風俗画「ボデゴン」を確立。窓枠の向こうに本作の題名にもなっている聖書の場面が描かれた二重構図は、16世紀フランドル絵画を参照したもの。

整然とした美しさよりも変化に富んだ自然美に共感

 本展ではイギリスが世界に誇る風景画家ターナーの傑作も紹介する。ターナーが活躍した18世紀後半から19世紀にかけて、イギリスでは風景画が隆盛するが、その背景には「絵のような(ピクチャレスク)」美を尊ぶ価値観の流行があった。この概念は調和のとれた古典的な美と異なり、変化に富んだ美しさを指す。
 この価値観の根底を形作ったのがクロード・ロランをはじめとする17世紀の理想風景画だった。彼らが描く風景には、整っているかと思えば野卑なところもあるような、不規則な美が表現されている。イギリス庭園の手本になったばかりでなく、そうした風景を求めた旅行までが人気を集め、イギリス人の自然観や美意識に大きな影響を与えたのである。
 本展では17世紀フランスの理想風景画から、ターナーやコンスタブルに至るイギリス風景画の伝統がどのようにして生まれたのか、源泉となったヨーロッパの巨匠たちの作品と比べながら紹介する。

ポリュフェモスを嘲るオデュッセウス

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー 1829年 油彩/カンヴァス
132.5×203.0cm ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵

©The National Gallery, London. Turner Bequest, 1856

単眼の巨人ポリュフェモスを倒したオデュッセウスは船上で赤い衣を羽織り、雲中にシルエットを見せる敵を嘲っている。ターナーはロランの作品を強く意識しており、神話を主題に光と色彩が織りなすドラマチックな情景を描き出した。

1920年代になってようやくフランス近代絵画を収蔵

 本展の最後を締めくくるのはフランス近代絵画のコレクションである。ヨーロッパでは長い間、イタリア・ルネサンスの巨匠ラファエロが完成させた古典様式の伝統が連綿と受け継がれていたが、19世紀に入り、フランスを中心に若い画家たちが伝統からの脱却を目指すようになる。
 19世紀半ばにはモネやルノワールをはじめとする印象派が生まれ、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌに代表されるポスト印象派の新しい絵画へと発展していった。
 一方、海峡を隔てたイギリスの美術界では依然として保守的な空気が流れており、印象派の受容はかなり遅れていた。ロンドン・ナショナル・ギャラリーのコレクションに印象派の作品が加わったのは1920年代に入ってからである。フランス近代絵画に感銘を受け、自らも収集をしていた実業家のサミュエル・コートールドが、1924年にロンドン・ナショナル・ギャラリーにコートールド基金を設立したことで、晴れて印象派とポスト印象派の作品が収蔵されることになった。
 本展最後の章では伝統的な古典様式を貫いたアングルに始まり、モネ、ルノワール、ピサロ、ドガなどの印象派を経て、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌらポスト印象派までの流れをたどり、イギリスでフランス近代絵画がどのように受け入れられていったのかを紐解いていく。

劇場にて(初めてのお出かけ)

ピエール=オーギュスト・ルノワール 1876-77年 油彩/カンヴァス
65.0×49.5cm ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵

©The National Gallery, London. Bought, Courtauld Fund, 1923

19世紀後半のパリに多数造られた劇場は同時代を描く印象派が好んだ主題。ボックス席の少女は舞台を見ているが、左側の客席から少女の方を見つめる男性の姿が確認でき、男女の出会いの場でもあった劇場の様子が描かれている。

睡蓮の池

クロード・モネ 1899年 油彩/カンヴァス 
88.3×93.1cm ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵

©The National Gallery, London. Bought, 1927

モネがジヴェルニーの自宅の庭に造った睡蓮の池には日本風の太鼓橋が架けられた。橋を真横からとらえた構図は画家のお気に入りで、水面にきらめく光が藤色や緑色の細かな点描で表されている。

ゴッホの芸術を代表する《ひまわり》に秘められた3つの事実

①ひまわりがつなぐ画家同士の絆

《ひまわり》はアルルで共同生活を送るゴーギャンの寝室に飾るために描かれた。共同生活の破綻後も2人は文通を通して友情を保ち続けた。ゴーギャンはゴッホの死後、亡き友人を偲ぶかのように思い出の花を描いている。

②さまざまな色調の黄色を使い分ける

 ゴッホにとって黄色は幸福とプロヴァンスを表す色だった。一連の《ひまわり》では不透明なクロームイエローをさまざまな色調で使い分け、ビリジアンとエメラルドグリーン、フレンチ・ウルトラマリンを補色に使っている

③3枚の「黄色」の《ひまわり》

 全7点のうち、3点が画面全体で黄色を主要色として描かれている。東京版とアムステルダム版は、ゴッホが1889年1月にロンドン版を模写したもの。ロンドン版とアムステルダム版の両方にクロームイエローが豊富に使われている。

ひまわり

フィンセント・ファン・ゴッホ 1888年 油彩/カンヴァス
92.1×73.0cm ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵

©The National Gallery, Bought, Courtauld Fund, 1924

ゴッホは花瓶に生けられたひまわりを7点描いた。本作は最初に描かれた4点の一つで、1924年にコートールド基金からの援助で購入された。蕾、満開、枯れゆくものまで異なる成長段階に描き分けられた15本のひまわりが激しいタッチで表現されている。

【展覧会情報】
ロンドン・ナショナル・ギャラリー展

会期:3月3日(火)~6月14日(日)
会場:国立西洋美術館
住所:東京都台東区上野公園7-7
電話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
開館時間:9時30分~17時30分(金・土は~20時。入館は閉館の30分前まで)
休館日:月(3月30日、5月4日は開館)
観覧料:一般1700円ほか
アクセス:JR「上野駅」公園口より徒歩1分
URL:artexhibition.jp/london2020/
巡回展:(大阪)7月7日(火)~10月18日(日)/国立国際美術館

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