スーパーの棚でひと際目立った懐かしい形のリアル缶詰

伊豆のスーパーで売られていた価格は激安だった。通販などでは1缶1300円前後。

静岡県東部をメインに展開する『フードストアあおき』の西伊豆店に行った時のこと。店の奥に「静岡のお土産コーナー」が設けられていたので、何気なく眺めていた。すると、妙に気にかかる缶詰が目に飛び込んできた。かつてはよく目にしていた、角が丸い長方形で平たい缶。そう、それは確か「サンマの蒲焼」だった気がする。

「懐かしいな〜」

そう思い手にとって見ると、サンマではなく『うなぎの蒲焼』と印刷されている。「うなぎも缶詰があったのか!」と、うなぎが大好物の私は、一も二もなく購入した。値段は800円ぐらいだったと記憶している。レトルトパックよりも保存がきくので、とりあえず3缶ゲットしたのである。

翌日、さっそく鰻丼を楽しむことに。食べ方はいたってシンプル。缶切りで蓋を開ければ、そのままでも食せるのだ。これはキャンプの際や災害時の非常食には有り難い存在だろう。でも熱々のうなぎの方がウンまいことは間違いない。そう思ったので、迷わず沸騰させたお湯を鍋に用意し、その中に缶詰を投入。2分ほど湯煎し、ヤケドに注意しつつ缶の蓋を開けた。香ばしい香りとともに、中からは丁寧に紙に包まれたうなぎ蒲焼が現れる。

熱湯で2分程度湯煎する。
ヤケドに注意しつつ缶切りで蓋をオープン。パラフィン紙に包まれた蒲焼と対面の瞬間。

さっそくご飯の上に載せ、豪華うな丼を堪能することに。甘さ控えめのタレが、うなぎの身の中にまで染み込んでいて、しっかり蒲焼している。食感はちょっと柔らかめだが、口に含んだ瞬間、フワリとろけて至福の境地に誘われてしまう。これは江戸前風か? それとも地元風なのか? そんな事は食べているうちにどうでもよくなった。旨いものに地域は関係ないのだ。味がしっかりしているので、卵でとじてうな玉丼にするのもいいかも知れない。次は試してみよう。

このいかにも“昭和感”溢れる缶詰、一体どんな所で作られているのか、気になって仕方がなくなった。というワケで、缶に印刷されている「浜名湖食品」へ向かったのである。

使用したのは小ぶりの丼だが、予想外にボリュームたっぷりの蒲焼に驚かされた。

昭和初期に誕生し、戦災をくぐり抜け今もこだわりの味を守り続ける

東海道本線の舞阪駅のすぐ前にある浜名湖食品株式会社。

「創業は昭和9年(1934)です。浜名湖はうなぎ養殖発祥の地ですが、昭和の初め頃は過剰生産になると、余ったうなぎをどうすることもできませんでした。今のように簡単に冷凍や真空パックにすることは不可能です。うなぎ屋さんも余分には引き取ってくれません。そこで養鰻家たちが集まり、自分たちで商品化を考えたのが始まりです」と、浜名湖食品株式会社常務取締役の灰本修司さん。

 お話を伺った常務取締役の灰本さん。

かくして誕生したのが、この『うなぎ蒲焼』の缶詰なのだ。発売当初はご飯とうなぎが入った『うなぎ弁当の缶詰』だった。やがて今と同じく、ひとつずつパラフィン紙に包まれた蒲焼だけの缶詰となる。添加物を一切使用せず、タレは醤油と味醂と砂糖だけ。今も旨味が詰まったタレを継ぎ足しつつ使用。

しかも、うなぎの品質やその日の天候に合わせ、配合を微妙に変えるキメ細かな作業を施している。オートメーションとはほど遠い、長年稼働している機器と熟練した職人技があるからこそ実現する、唯一無二の味なのである。内容量は固形分が90g、タレ等を含めると100gもある。これは先の写真を見てもらえばわかる通り、丼が一杯になる大きさだ。

この缶詰が誕生した時代は、世界中が戦争へと向かっていた。軍人の戦意高揚のために、さまざまな食料品が生産されていた。缶詰は輸送が簡単で、しかも日持ちするので重宝されたのだ。うなぎの蒲焼はご馳走中のご馳走。苛酷な勤務を強いられた潜水艦には、とくに多く積まれていたという逸話も残されている。

それと無類のうなぎ好きだった歌人の斎藤茂吉は、まだあまり知られていなかった『うなぎの蒲焼』の缶詰に着目。戦争になると食べられなくなると考え、太平洋戦争開戦1年前の春、銀座のデパートで大量にこの缶詰を買い込んでいる。それを押し入れにしまい込んで、戦時中に食べていたことが、日記に残されているのだ。

そんな歴史ある缶詰だが、工場で今も稼働している缶詰の蓋を固定する巻締機(まきしめき)が故障してしまうと、存亡の危機に陥ってしまう。

「もうこの形の缶型は、日本国内ではウチを含め3〜4社しか作っていないはずです。だから部品もないでしょう。もしも巻締機を新しくしようとすると、莫大なお金がかかってしまうのです」と、灰本さん。職人さんたちだけでなく、縁の下の力持ち的存在の機材にも、頑張ってもらわなければならないのだ。

すでに40〜50年は頑張ってくれているという巻締機。これが故障してしまうと、独特な形の缶の蓋を閉めることができなくなる。

さらに112℃で75分行なう殺菌のために使用する加圧加熱機も、ここで使われているのは時代を感じさせる鋼製。しかもこれを製造している「東海汽罐」は、蒸気機関車のボイラーを製造していた会社でもある。今ではステンレス製が主流となっているのだが、ここにも昭和が息づいていて、昔懐かしい“味”を演出しているのだ。

まさに蒸気機関車のボイラーを思い起こさせる加圧加熱機。

今時のフルオープンエンドの缶詰ではないから、缶切りは絶対不可欠。そして生産量は年間5万缶程度。ハワイの日系人たちの間では、正月には欠かせないご馳走とされている逸品。いつでも家に置いておけば、リッチな非常食になるし、とっておきの酒肴としても楽しめる。もちろん、王道のうな丼を楽しむのもいいだろう。缶詰という小さな世界に密封された歴史に彩られた味。ぜひとも堪能しておきたいものだ。

【問い合わせ先】
浜名湖食品株式会社 TEL:053-592-0141

取材・文/野田伊豆守(のだいずのかみ)
歴史、旅行、アウトドア、鉄道、オートバイなど幅広いジャンルに精通。主な著書として『太平洋戦争のすべて』、共著『密教の聖地 高野山』(以上三栄)、『東京の里山を遊ぶ』『旧街道を歩く』(以上交通新聞社)、『各駅停車の旅』(交通タイムス社)、など。

写真/金盛正樹