人通りの少ない商店街に「喫茶と軽食 Köln」というドイツ語名を掲げたレトロな喫茶店

沼津駅南口には、古くから地元の人たちに愛されてきたアーケード商店街、「新仲見世商店街」がある。いかにも昔ながらのアーケード街で、昭和40年代は平日でもまっすぐ歩くのに苦労したほど買い物客で溢れ返っていたと、当時を知る人から聞かされた。今では地方都市の商店街にありがちな、ちょっと寂しげな風景が広がっている。けしてシャッター商店街ではないが、平日の日中とはいえ人通りが少ない感じは否めない。

そんな商店街をひたすら南へと歩くこと約10分。左手に「喫茶と軽食Köln」という名を掲げた店を発見。これは読めないと思ってあたりを見渡すと、静岡県民ならばお馴染みの純喫茶の証し「トミヤコーヒー」の看板の中に「ケルン」の文字が。「ドイツ語か。ひょっとしてビアホール的な店!?」とも思ったが、トミヤコーヒーの看板が出ているし、メインの店名にも喫茶と軽食とあるのだから、大丈夫であろう。しかし通りからは店内どころか、入口のドアすら見えない。これは入るのに、なかなかの勇気が必要だ。しばし悩んだ末、トンネルのようなエントランス(と表現していいのか!?)に足を踏み入れる。

そこはまるでタイムトンネルだった。片側の壁はショーウインドゥのようになっていて、かなり古い白黒写真(ある大物芸能人が写っているが、気になる人はぜひ御自分の目で確かめて下さい)や、桂文楽の手ぬぐいなどが飾られている。そして3mほど先には、年代もののガラスの扉が待ち受けていた。その横には番犬の置物が鎮座している。

ここでまた、決意がグラグラと揺らいでしまう。“この扉を開けたら、怪しげなドイツ人たちがビール片手に怪気炎を上げていたらどうしよう”。そんな妄想がどうしても頭をよぎる。躊躇すること数秒、“えいっ!”とばかりに扉を開けた。すると目の前に現れたのは、田舎の親戚の家に遊びに来たような不思議な和風空間。あちこちに、こけしや観光地の土産と思われる小物が置かれている。

この超レトロな造りは、昭和を通り越して大正時代といった感じ。店内には家庭用の石油ストーブが点り、ふわりと暖かい。そして“薄型ではない”テレビも置かれていて、私を見るなり店のお母さんが「テレビ点けましょうか?」と声をかけてくれた。そんな心も温まる気遣いに、椅子に座るなりホッとひと息、いきなり寛いでしまったのだ。

「こんなボロボロのお店でごめんなさいね」と、しきりと恐縮するお母さん。「いいえ、とんでもない。この空間が居心地の良さを醸し出しているんです」と応えた私。

戦前に特高の刑事を追い返したという武勇伝を残す、伝説の店だった

聞くと昭和10年(1935)の創業で、その当時と大きくは変わっていないそうだ。沼津では間違いなく一番古い喫茶店である。創業者は現店主の藤原美恵子さんの父、平野平八郎さん。東京で生まれた平野さんは浅草、池袋で育ち、長じてバーテンダーの仕事に就いた。その後、兄が沼津に住んでいてこともあり、この地へ移住。兄弟で沼津初の純粋バー「クロスケ」をオープン。昭和10年になり「喫茶ケルン」を始めたのであった。

第2次世界大戦が勃発すると、特高警察の刑事がやって来て「敵性語である英語の店名はけしからん!」と詰め寄った。すると平野さんは「ケルンは日本の同盟国であるドイツの地名から取ったのだ」と切り返し、特高の刑事を追い返したという武勇伝を残す。まさしく沼津では伝説の店なのだ。

各テーブルの上には、手書きのメニューボードが置いてある。そこで目を釘付けにしたのが「サンドヰッチ」の文字。メニューに旧字体が使われているのは珍しい。そしてもうひとつ気になったのが、海老フライの欄にある“時価”という値段。寿司屋かと思うような表記に興味が尽きなかったが、さすがに注文する勇気が出なかった。ということで、今回はやはり昭和喫茶の定番「オムライス」とサンドヰッチの中から「玉子サンド」を注文。

喫茶店の定番料理が逸品ぞろいで即完食

厨房からトントンと食材を刻む音やジュージューと焼く音が聞こえてきた。お母さんがひとりで切り盛りしているにもかかわらず、一から作っているようだ。やがて運ばれてきたオムライスは、求めていた理想のひと品であった。シンプルなケチャップ味のチキンライスを薄焼き玉子でくるみ、デミグラスソースではなくケチャップがかかっている。量もちょうど良く、一気に食してしまった。

そして玉子のサンドヰッチだが、こちらも期待以上の逸品であった。何と言っても厚焼き玉子というのが嬉しい。しかも甘くして欲しいというリクエストにも応えてくれた。それにマヨネーズと和辛子が絶妙のハーモニーを奏でてくれる。もちろん、こちらも即完食。

食後には日本茶がサービスで出てきた。さすがは茶どころ静岡。その香り高さにすっかり満足してしまったが、どうしても飲みたかったので、コーヒーとクリームソーダを追加注文してしまった。コーヒーはやや酸味が強く、どこか懐かしい味。そしてクリームソーダのアイスクリームにも感動させられてしまった。昭和40年代、国鉄(現JR)中央本線大月駅で売られていた、当時としてはちょっと高級だったアイスクリームの味を思い出させてくれたのだ。いやはやこれには参った!

「次は絶対にサービスランチとミルクセーキを頼むぞ!」と、強く心に誓いつつドイツの街ケルン、もとい“和風”喫茶ケルンを後にしたのであった。

【文・写真/野田伊豆守】 のだいずのかみ
1960年、東京生まれ。日本大学芸術学部卒業後、徳間書店を経て、フリーライターとなる。歴史、旅行、アウトドア、鉄道、オートバイなど幅広いジャンルに精通。現在、主に雑誌・書籍中心に執筆活動を行なう。主な著書として『東京の里山を遊ぶ』『旧街道を歩く』(以上交通新聞社)、『各駅停車の旅』(交通タイムス社)、『太平洋戦争のすべて』、共著『密教の聖地 高野山』(以上 三栄)など。