北条氏滅亡へのカウントダウンがここ名胡桃城から始まった。

北関東の要塞として武将たちが攻略を繰り返すなど、戦国史の大きな舞台となった名胡桃城(なぐるみじょう)。

室町時代に沼田氏一族が築城したことに始まり、その後北条氏に奪われ、永禄3年(1560)には上杉謙信が城を支配する。そして真田の名前もこの城をめぐって登場することになる。

二郭の北虎口と本郭(本丸)前の堀切。
広々とした本丸へ。城跡看板や旗が風にはためいている。

名胡桃城は本郭(本丸)を中核に二郭(二ノ丸)、三郭(三ノ丸)などを一列に配置した連郭式縄張りが特徴。郭間の敵の侵入を阻む広い空堀が見どころだ。

三郭と二郭の間の堀切。連郭式縄張が大きな特徴だ。

まずは歴史ガイドが常駐している名胡桃城址案内所に寄って、資料をチェックしよう。そこから目の前に広がる城域は、平成27年に整備されているので、山城とはいえほぼ平らで歩きやすい。東端のささ郭から利根川を挟んで沼田の町を一望すると、三方が絶壁となっている天然の要塞だということがわかる。

土塁で囲った二郭や三郭などはいたるところで木橋でつながれている。月夜野バイパスの国道17号線沿いに駐車場があり、城域はすぐ目の前に広がっていて野原のように見渡せる。山城とはいえ山登りはなくアクセスがいい。城には天守のような建物はなく、兵士たちの詰め所のようなものがあったのみだとされている。

名胡桃城(なぐるみじょう)
築城年:明応元年(1492)
主な城主:真田氏

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