駅裏登山口から山頂へは徒歩で約40分。最初は比較的なだらかな道だが、ややきつい登りもある。

時に雲海に浮かぶ幻想的な姿が見られることから、”天空の城”、”日本のマチュピチュ”などともたとえられる竹田城。嘉吉3年(1443)、但馬の山名持豊が、家臣の太田垣氏に命じて標高353mの古城山山頂に築かせた山城だ。

山頂に広がる城の主要部。

その後、羽柴秀吉の但馬侵攻によって落城すると、大坂城防衛のために改築され、関ヶ原の戦いの後に廃城となった。その当時の姿が今に残されている。それは登城口から山頂へ登っていくほどにその巧みな縄張りや堅牢な石垣に見ることができる。

自然石を巧みに配置した石垣が特徴。
円山川が横たわる城下の町並みが一望できる。

敵の侵攻を阻む虎口や横矢掛かりなど防御機能は、まさに実践を想定した戦いのための仕掛け。山頂に広がる中核部は、天守台を中央に南千畳・北千畳・花屋敷が放射状に配され、各所からは城下の町並みや周辺の山々など、天空の城にふさわしい大パノラマが堪能できる。

標高353mの古城山山頂に累々と城郭が連なる。現在でも東西100m、南北400mにわたって石垣が連なり、戦国時代の威容を今に伝えている。石垣は初期の算木積み、後の野面積みなどが見られる。気温差や雨上がりなどの早朝には霧が立ち込め、幻想的な姿に。特に秋から冬にかけてが雲海が出やすいとされる季節だ。

竹田城(たけだじょう)
築城年:永享3年(1431)
主な城主:太田垣氏

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