14851家康が生まれた城。家格高い譜代大名が歴代の城主「岡崎城」(愛知県岡崎市)|〈古写真で見る失われた名城〉

家康が生まれた城。家格高い譜代大名が歴代の城主「岡崎城」(愛知県岡崎市)|〈古写真で見る失われた名城〉

男の隠れ家編集部
編集部
「岡崎城」は、徳川家康が生まれた城であるため“出世城”とも呼ばれた。1450年代に三河国の守護代だった西郷頼嗣が、現在の位置に城を築いたのが岡崎城の始まり(写真は岡崎市教育委員会)。
目次

4.7㎞におよぶ総堀が造られ3層3階地下一階の天守が建った

桶狭間の戦いの後、家康は岡崎城を拠点に三河平定へ乗り出すが、本拠を浜松城に移した後は嫡男信康を城主とした。

しかし、織田信長の命で信康が自刃させられた後は重臣を城代とし、開府後は本多、水野、松平などの家格の高い譜代大名が城主となった。

天正18年(1590)、家康の関東移封に伴い入城した豊臣系大名の田中吉政は大規模な城郭の整備拡張を行い、総延長4.7㎞にもおよぶ総堀を造った。

また、元和3年(1617)には3層3階地下1階で、東に井戸櫓、南に附櫓をもつ天守を再建し、岡崎は東海道有数の宿場町として繁栄していく。

岡崎城 |おかざきじょう
築城年/享徳元年(1452)
廃城年/明治6年(1873)
主な藩主/徳川家康、田中吉政
藩名/岡崎藩
構造/梯郭式平山城、複合連結式望楼型3重3階
遺構/石垣、堀
住所/愛知県岡崎市康生町

文/相庭泰志
写真/岡崎市教育委員会

▶︎こちらもおすすめ「国宝天守5城まとめ」

編集部
編集部

いくつになっても、男は心に 隠れ家を持っている。

我々は、あらゆるテーマから、徹底的に「隠れ家」というストーリーを求めていきます。

Back number

バックナンバー
More
もっと見る