築城当時から残る濠を悠々と小舟が進む

2015年7月、国宝に指定された松江城。その本丸や二の丸を囲む堀川を小舟が静かに漕ぎ出して行く。

「この濠は松江城の築城と同時に造られました。江戸時代の絵図と比較しても、濠や町の構造は今もほとんど変わらないんです」

堀川遊覧船の船頭、片山正美さんが、のんびりした口調で話す。「島根の名所は?」と人に問えば、やはり出雲大社、世界遺産の石見銀山ときて、その次に、この松江城を挙げる人が多かろう。

日本海とつながる宍道湖の湖水が川となって松江城の内濠、つまりこの堀川にも流れ込んでいる。城下には幾筋もの川が流れ、昔から庶民の生活用水や水遊びの場、そして交通路としても使われてきた。

「この川には16もの橋が架かっています」と片山さん。乗船して40分ほど、そろそろ一周して戻ろうかという時、左手に漆黒の天守が見えてきた。松江城の天守の特徴は何といっても「黒さ」だろう。

白漆喰が特徴的な姫路城や彦根城に比べ、松江城は黒い板張りが目立ち、古武士のように武骨な外観。それでも部分的に用いられた白壁、入母屋破風や寺院形式の華頭窓などが独特の優美な風格を生んでいる。

信長・秀吉の城の流れを汲む実戦向け天守の特徴とは?

「黒い壁は『下見板張り』と呼ばれ、黒煤と柿渋を混ぜた墨で塗られています。築城者の堀尾吉晴が豊臣系大名だったことも関係しているでしょうね。秀吉は金箔が映える黒色の城を好んだといいます」。そう話すのは松江歴史館学芸員・西島太郎さん。

色ばかりでなく、大坂城天守を正当に受け継いだ全国唯一の現存天守。2重2階の入母屋造りの櫓の上に2階建ての望楼(物見櫓)を載せる構造は、織田信長の安土城の流れも汲む。江戸時代の城ながら、安土桃山の伝統を継いでおり、また極めて実戦的だ。

「天守内に井戸がある例は極めて珍しく、現存天守では松江城が全国唯一。地下には床板のない『穴蔵の間』があって、米や塩などを長期貯蔵できるようになっていました」と西島さん。

入口は防備を堅くするために据えられた附櫓があり、最上階は「天狗の間」と名付けられ、四方全てを見渡せる構造。結局、実戦には一度も使われなかった松江城だが、この周到さを見ていると「備えあれば憂いなし」という言葉がしっくりくる。

松江城を築いた堀尾氏は三代で終わったが、その後は京極氏、松平氏に受け継がれ、城は18万6000石の象徴であり続けた。

明治に入り、櫓などは解体されたが、天守だけは地元の豪農と旧藩士が買い取り、昭和初期に松江市に寄贈されて残った。人々の思いのこもった後世への置き土産は、何度見上げても見飽きることはない。

松江城|まつえじょう
島根県松江市殿町1-5
TEL:0852-21-4030(城山公園管理事務所)
開館時間:8:30〜18:30(10月〜3月は〜17:00)
休館日:なし 入場料:680円 
アクセス:JR山陰本線「松江駅」よりレイクラインバス10分、「松江城大手前」下車すぐ

※新型コロナウイルスにより現在休城中。

文/上永哲矢 撮影/島崎信一