7553レトロ鉄道の魅力|セルビアの風〜旧社会主義国の現在を訪ねて〜

レトロ鉄道の魅力|セルビアの風〜旧社会主義国の現在を訪ねて〜

男の隠れ家編集部
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東欧の国「セルビア」をご存知だろうか。第2次大戦後建国された「ユーゴスラビア連邦人民共和国」の1共和国として、のちのユーゴ解体、モンテネグロとの建国から解消、コソボ問題など激動の歴史を持つ。今回はセルビアの首都から遠い国境近くに復元されたナローゲージの山岳路線、シャルガン8を紹介する。その愛らしさでヨーロッパの鉄道好きを魅了し続けるレトロ鉄道だ。
目次

今回は、セルビアの山岳部を走る貴重な保存鉄道の話をしてみたい。

それはセルビアの西側、ボスニア・ヘルツェゴビナとの国境近くにある。シャルガン山の急峻な地形を8の字のダブルループを描いて登ることから、名を「シャルガン8(セルビア語ではシャルガンスカ・オスミッツァ)」という。古風な木装客車や愛らしい蒸気機関車を備えたこの鉄道を訪ねるのは長年の夢だった。

最近はシャルガン8の乗車を組み込んだ東欧パックツアーもあるようだが、個人で行くのはなかなか大変だ。そこまではバスを乗り継いで行かなければならない。セルビアでは長距離の国内移動にはほとんどの人がバスを使う。かつては国営だったセルビア鉄道は首都ベオグラードと各地を結んでいる。けれどもあまりにのろい。そして時間が読めない。1時間以上の遅れはザラらしい。

出発を決めた朝、まずはベオグラード中央駅で、西方の町ウジツェまでのバス券を買う。バスターミナルは駅のそばにあり、約4時間の行程だ。いくつかの小さな町を過ぎる途中ではトイレ休憩もある。そしてウジツェではサラエボ行バスのモクラゴーラまでの券を買い、発車まで2時間半待ち。城塞や教会、市場など巡って時間をつぶす。今度のバスは約1時間。山村の道沿いで降り、教えられた通りテクテクと脇道を上っていくと、ようやく小さな駅舎が見えてくる。

まわりは民家が点在する以外何もない。商店はバス停近くに1軒あっただけだ。ただ、幸いなことに駅舎はホテルとレストランを兼ねている。飛び込みで行ったが2食付き約3000円で部屋が取れた。軌道には83型蒸気機関車。屋根で保護された下にはB型コッペルもあり、整備士が手入れする様子もそばで見られる。16時20分の出発にぎりぎり間に合った列車は、1990年ルーマニア製のディーゼル車が牽引する。蒸気機関車は土日祝日やイベント時に走っているそうだ。

シャルガン8は1925年に開通した狭軌鉄道だ。かつてはベオグラードとサラエボを結んでいた。1974年に廃線となったが、多くの人の思いを受け、2003年にモクラゴーラ~シャルガンビタシ間の13・5㎞が復元された。途中の駅舎なども昔のままの姿。復元には映画監督エミール・クストリッツァも私財を投じ、2004年の作品『ライフ・イズ・ミラクル』もこの鉄道が舞台になっている。ただし現在のシャルガン8は移動手段ではなく主に観光目的だ。約800円の料金でシャルガンビタシまでを、冬期を除き1日4回往復する。8年前にはボスニア・ヘルツェゴビナのヴィシェグラードまで工事完了したそうだが、チャーターに限っての運行のようだ。

さて出発時刻。バスで来た社会見学らしき小学生たちと一緒だ。3両の客車はいずれも床や座席、天井まで木で内装され、それぞれ趣が違う。プレートを見ると製造国はルーマニアやドイツ。20世紀前半のものだ。木製の窓枠の開け閉めを革ベルトで固定するしくみも面白い。

スピーカーから流れる賑やかなバルカンブラスに乗って、あれこれと解説がアナウンスされるのだが、残念ながらセルビア語なのでまるでわからない。列車は標高差239mをつづら折れとループでぐいぐい登っていく。緑に包まれた山の景色が美しい。途中には20ものトンネルがあり、最も長いものは1・6㎞。入る前には小学生たちがいっせいに窓を閉めるので、そのようなアナウンスがあったのだとわかる。肝心の8の字のループは……乗っているといつ通ったのか気づけないものだと知った。

約45分でシャルガンビタシ駅に着くと、機関車を付け替えるため15 分ほど停車する。ホームには蒸気機関車用給水機のパイプがそびえ、古い機関車や客車も軌道上に並んでいる。駅舎売店で買ったアイスクリームを手にゆっくり眺めてからの帰路は、観光路線らしいサービスもある。途中駅で降りて景色を楽しめるのだ。

湧き水が流れるジャタレ駅では木立の中を散策し、一杯のビールを飲むほどの時間がある。また『ライフ・イズ・ミラクル』で主人公ルカの家になったゴルビシ駅にも停まる。見下ろす景色のなかに、トンネルを間にした8の字ループの一部もしっかりと視認できる。その頃には同乗の小学生たちとはすっかり打ち解けた。一人旅の日本人が珍しいようで、入れ代わり立ち代わり話をしにやってくる。

モクラゴーラ駅に戻ったのは18時35分だ。まだ外は明るい5月。商店への坂道を下りて缶ビールとスナックを買い、斜面に集まっているヤギをからかいながら駅舎ホテルに戻る。私以外に泊まっていたのはアメリカ人とフランス人の8人だけ。皆、静かだ。部屋の窓からホームや機関車が見えるのもうれしい。

はるばる出かけてシャルガン8だけで帰るのももったいない。翌日はすぐそばのドルベングラード(木の町という意味)を訪ねるのがおすすめだ。駅舎裏の荒れ地の斜面をひたすら歩いて尾根の向こうに出れば、整備された道路に面した傾斜地に多数の建物が並ぶ。クストリッツァ監督が古色を再現して作った村だ。敷地にはレストランや民芸品店、ホテルもある。監督自身もここの自然環境が好きで、しばしば滞在しているそうだ。

ベオグラードに戻るには、またバスで8時間あまり。到着した夜の中央駅構内でベンチに座る。ここはターミナル駅だ。ほの暗い灯りに照らされた落書きだらけの客車が、東欧の各地へと向かっていく。いつか時間を気にせず旅ができる時には、ここから列車に乗ってみようと思う。念願かなったシャルガン8の楽しさとはまた別の喜びがきっとあるだろう。その時にはまたぜひ、話を聞いてほしい。

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<写真・文/秋川ゆか>
フリーランスライター。国内外の伝統文化や工芸、アート、建築などを主に執筆している。セルビアへは2003年以来8度の渡航。首都ベオグラードを中心に各地を訪ね、現地でのアートプロジェクトにも関わる。

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