99357ワインのように、熟成させても良いお酒「篠峯」千代酒造|極上の夏酒に、出合う

ワインのように、熟成させても良いお酒「篠峯」千代酒造|極上の夏酒に、出合う

男の隠れ家編集部
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目次

■“美味しすぎないお酒”を理想とする3代目の酒造り

(※その他の写真は【関連画像】を参照)

酒蔵の屋根越しに見える葛城山と金剛山地。葛城山の麓にある櫛羅地区は伏流水が豊かな土地だ。

奈良盆地の南西部に、緑豊かな葛城・金剛山地が南北に連なっている。役小角が修行したという古くからの山岳宗教の地だ。その葛城山の別名が「篠峯」。和の情趣を湛えた名前は日本酒にふさわしく、絶妙なネーミングといえる。

人気銘柄「篠峯」を醸す酒蔵、千代酒造は葛城山の麓、御所市櫛羅地区にある。小字は井戸といい、昔から葛城山からの伏流水に恵まれた地域として知られていた。水質は中硬水に近く、ミネラル分は多くない、柔らかめの水。さて、この水から一体どのような酒が生まれるのだろうか。

葛城山からの恵みの水を仕込み水にした「篠峯」は2000年、大都市・東京の消費者向けに限定販売されたのが始まり。以後、キレ味が良く、豊かな味わいの本格的な日本酒として、徐々にその名を知られるようになった。

甑の底に敷くダミー米。袋の中はプラスチック製ビーズ。
山田錦の籾種を水に浸けて芽出し作業。

夏酒としては「篠峯 夏凛 雄町 純米吟醸 生酒」を販売。日本酒ファンの間でも評価が高い。

「夏凛は昨年から酵母を協会9号から6号に変えました。酸が多くなって夏っぽい酒になりましたが、酒米が雄町で、生酒なので味わいもある酒です。日本酒は料理との相性はワイン以上。夏酒には食欲をかき立ててくれる良さがあります」と語るのは千代酒造3代目の蔵元杜氏・堺哲也さん。

現在、千代酒造が造る日本酒は、「篠峯」と「櫛羅」の二つの銘柄。どちらも造りは同じで、使う酒米が異なる。「篠峯」は発売当時、焼酎ブームだったため、売り急がないで、良い酒を造ろうというコンセプトで生まれた酒。定番の「純米超辛」「凛々純米吟醸」などがあり、酒米は雄町、山田錦、愛山、伊勢錦、八反、亀ノ尾など驚くほどバラエティ豊かだ。

「栽培することが容易ではないお米こそ熟成して晴れやかな味わいになってくれる。古い時代に開発された品種にこだわりを持って造っているのが『篠峯』です」

そして一方の「櫛羅」ブランドは地元櫛羅で自家栽培した山田錦だけを使用している。

ワインのように、熟成させても良いお酒

篠峯

6号酵母を使った爽やかな酸とキレ味が特徴。雄町ならではのふくらみのある味わい。爽やかさだけでなくうま味があって飲みごたえもある。お勧めの夏酒だ。

篠峯 夏凛 雄町
純米吟醸無濾過生原酒

720ml/1760円
原料米/赤磐産 雄町
精米歩合/60%
アルコール度数/15度

■自家栽培の地元米でめざす日本酒の“テロワール”

「酒蔵の周りに自社田があったので、この田んぼの米だけで酒を造ったら美味しい酒ができるのではないかと思い立ちました」

そう話すのは蔵元杜氏の堺さん。地元の田んぼで山田錦の栽培を始めて、現在は約5ヘクタールで自家栽培。櫛羅の土壌は砂地のため米の粒が大きくならない。

良くて“2等”で、粒にばらつきがあるなど栽培には難しさがあるが、それでも一貫して地元米にこだわり、「櫛羅」の味がする酒を醸すことに主眼を置く。葛城山の山裾の蔵で、この気候風土によって育てられた山田錦と、葛城山の伏流水の組み合わせで醸す酒だ。

甑(こしき)から湯気が上る。酒造りの時期には朝5時から甑に米を張り始め、蒸気が抜けて1時間蒸しあげる。朝7時には杜氏と蔵人たちが作業を開始する。
蒸し米。

「ほかの田の米と混ぜずに酒造りをする。それを10年、20年続けてその味が評価されて、その先にテロワールができてくればいいなと思っています。ボルドーまでいかなくてもタンク1本ではダメ。ある程度の量で造らないと、テロワールは根付かない気がします」

“テロワール”という言葉を口にするのは、堺さんの酒造りのスタートが、ワイナリーでのワイン造りだったからだろう。

蒸し米は手早く冷まして、麹室に搬入する。麹室は7年前に改築。昔風の造りで4部屋に分かれている。

北海道生まれで大学卒業後、山梨県のワイナリーに就職。そこで出会ったのが千代酒造の娘さんだった。ワイナリーに5年ほど勤めた後、結婚をして1997年に入蔵した。

原料を重視するワインの世界での学びを経て日本酒の世界に入っただけに、堺さんの酒造りには、酒米へのこだわりと、ワインの影響を感じられる。

堺さんが蔵に入った当時は、千代酒造は大手メーカーに桶売りしている酒蔵だった。堺さんは先代の但馬杜氏の下で修業をしながら、蔵独自の酒造りを模索。

そして平成10年(1998)に「櫛羅」ブランドを立ち上げ、2000年に「篠峯」ブランドを初めて発売した。その後、杜氏に就任して蔵元杜氏となった。苦闘の時代を経て、2004年から9年連続で、伝統ある全国新酒鑑評会の金賞を受賞している。

堺さんの理想の酒は「美味しいけれど、美味しすぎない酒」だ。

酒を試飲する堺哲也蔵元杜氏。

「高級なワインはコクがあって飲み飽きることはありません。ところが、日本酒のいい酒、美味しい酒は飲み疲れる。純米吟醸は毎日飲むには重たい。どうしたら、飲み疲れない、美味しすぎない酒が造れるかを考えました」

最初に考えたのは、しっかりと米を溶かし、きちんと発酵させて、ブドウ糖の甘みを出さず、酸のある辛い酒を造ることだった。こうしてできあがったアミノ酸の甘みがない酒は、飲み疲れない。食中酒としても美味しい酒となる。

一方、「熟成」にもこだわりがある。熟成しないとダメな酒ではなく、熟成しても良い酒ということ。熟成して良い状態になる酒を醸すために、山廃や生酛にも早い段階から取り組んできた。

重厚な屋根が連なる。表門は櫛羅藩の陣屋から移築した。
酒蔵の歴史を感じさせる佇まい。

篠峯(左から)

篠峯 Vert 亀の尾
純米 にごりざけ 生原酒

720ml/1540円
原料米/奈良県宇陀市榛原産 亀の尾
精米歩合/80%
アルコール度数/15度

酒米は奈良県産の「亀の尾」。古くからの品種にこだわり、あまり米を磨かずに仕込んだ。キレの良さと、「亀の尾」の濃いうま味が感じられる。

篠峯 愛山
純米大吟醸 無濾過生原酒

720ml/2750円
原料米/愛山
精米歩合/45%
アルコール度数/16度

「愛山」が持つ力を素直に9号酵母で引き出した、シンプルな香りの純米大吟醸。「愛山」独特の甘みがあり、味わいにスケールの大きさを感じる。

篠峯
純米 山田錦 超辛口 無濾過生酒

720ml/1540円
原料米/山田錦
精米歩合/66%
アルコール度数/16度

「篠峯」シリーズの中でも人気が高い、定番ともいえる辛口の純米酒。キリッとした酸によって、すっきりとしたキレが感じられる。

篠峯
純米吟醸 中取り生 五割磨き

720ml/1760円
原料米/富山県産 雄山錦・北海道産 北雫
精米歩合/50%
アルコール度数/15度

北海道産の「北雫」と富山県産の「雄山錦」を大吟醸並みの50%で磨いた。搾りは中取りだけを別取りした。ぜいたくな造りの純米吟醸酒。

■熟成という酒の不思議 酒造りという男の“浪漫”

トラクターを使って田んぼを耕す蔵人と、堺哲也蔵元杜氏。自然豊かな土地で酒米の自家栽培を行う。

酒は音楽のようなもので、安定した味わいだけでなく、思いもよらぬ変化すらも韻のごとく楽しみ、心地良く酔いしれたいもの。

「変化したときの面白さを伝えていかなくては、酒の価値が上がらない。紹興酒的な熟成感よりも、シェリー的な熟成感のお酒。ただ、熟成酒は自分で造るものではなく、できるもの。熟成は“浪漫”です」と熱く語る堺さん。

葛城山の山裾に広がる御所市櫛羅地区。江戸時代には1万石の小藩があり、陣屋があった。

日本酒は人の手仕事によるが、酒を醸すのは微生物の力である。酒米の自家栽培や、微生物による発酵も自然の力による。だから堺さんは酒造りを〝浪漫〟と呼ぶ。堺さんが最近思っていることは、日本酒の酒造りの多様化だ。

「純米生原酒がもてはやされていますが、最近では火入れでガス感のある酒が受けている。こういうのも美味しいな……でいいかなと最近では思っています」。

さまざまな可能性が模索される時代に入ったということだろう。蔵元杜氏として確かな足跡を残している堺さんが醸す「篠峯」と「櫛羅」。この夏は「夏凛」を手始めにじっくりと飲んでみたい。

田んぼの土壌を耕すことから始めた酒米作り。手塩にかけた酒米だけに「櫛羅」シリーズには特別な愛着があるという。
出荷前の瓶詰めの工程。
ラベルを貼れば完成する。

自ら栽培した米だけで醸す“地”酒

櫛羅(左から)

櫛羅
純米 80 にごりざけ生原酒

720ml/1540円
原料米/奈良県御所市櫛羅
自社田産 山田錦
精米歩合/80%
アルコール度数/14.8度

2020年から新たに造り始めた、80%精米の低精白純米。アルコール度数がやや低め。上品な酸と山田錦のうま味、ぴちぴちとした活性濁りのガス感がある。

櫛羅
純米 無濾過生原酒
720ml/1650円
原料米/櫛羅産 山田錦
精米歩合/66%
アルコール度数/16度

蔵人が自社栽培した、地元櫛羅地区産の山田錦を全量使用している。66%まで磨いた。無濾過生原酒のしっかりとした味わいとともにキレ味もある、きれいな酒。

●自社田米で醸す酒

良い酒は良い酒米から生まれる。自家栽培は、米の一粒一粒、田んぼと米の性質の違いを大事にして酒造りへとつなげる。農業は醸造に生かされ、醸造も農業にフィードバック。耕作地は現在も増えている。

千代酒造
奈良県御所市大字櫛羅621
TEL:0745-62-2301
公式HP:千代酒造
※一般の方の酒蔵見学は受け付けておりません

■千代酒造の酒を飲む

手打ちそばと多彩な酒肴でもてなす「粋庵」

奈良の地酒が豊富に揃う古民家でそばと酒を味わう

奈良県橿原市今井町は江戸時代そのままの風景を残している、「重要伝統的建造物群保存地区」だ。その今井町の北尊坊通りにそば屋「粋庵」がある。江戸時代の建物を改装。白壁に虫籠窓、木格子。古民家の風情を残した外観は町の風景に溶け込んでいる。

店主の河合誠さんが19年前に開店させた、そばと和食の店だ。ランチタイムには昼限定の「今井膳」(1200円)が人気。そばにおかずとご飯が付く。海老天や野菜の煮物など。日本酒の品揃えにも定評があり、ランチタイムに昼酒を嗜む客も少なくない。

「篠峯」無濾過生原酒超辛口700円ともりそば950円。

夜には本格的な割烹居酒屋となり、店主の料理の腕に惹かれた、日本酒好きの客が訪れる。河合さんは20歳の時から和食の世界に入り、この道40年。酒肴は夏なら鱧料理、カツオのたたき、鮎の一夜干しなど。一夜干しや漬物はすべて自家製。既製品を使わないのが板前としての矜持だ。

そばは北海道、秋田などの国産そば粉を使用した二八の手打ちそば。人気メニューの鴨汁そばの鴨は葛城山麓で育った倭鴨。臭みがなくて食べやすいという。

自身も日本酒好きという河合さん。惚れ込んだ千代酒造の酒について次のように表現する。

「何しろ9年連続で鑑評会の金賞受賞ですから。堺さんの造る日本酒は完璧です。あれだけの酒を造れる人はいない。堺さんの酒はそつなく、綺麗な酒。誰が飲んでも美味しいと感じる酒です」

夏の味覚・トウモロコシのかき揚げ600円(左)と蕎麦豆腐あんかけ700円(手前)。「篠峯」との相性は抜群だ。
カウンター席と店主の河合誠さん。

粋庵
奈良県橿原市今井町1-4-35
TEL:0744-29-3807
営業時間/11:30〜13:00(売り切れ次第終了)
定休日/月曜

文/阿部文枝 撮影/渡部健五

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