426202021年アカデミー賞はこれで決まり⁉︎『ノマドランド』新たなロードムービーの幕開けか?|前田有一の超映画史批評

2021年アカデミー賞はこれで決まり⁉︎『ノマドランド』新たなロードムービーの幕開けか?|前田有一の超映画史批評

男の隠れ家編集部
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今年の米アカデミー賞は、コロナ禍で2カ月延期され4月25日発表となった。よって執筆時点ではノミネート作品すら発表されていないのだが、それでも作品賞は『ノマドランド』で決まりという気がしている。作品賞は時代性を反映する傾向があるが、現時点での有力候補の中では、この映画が最も合致しているように感じられるからだ。

まず本作は、『ノマド:漂流する高齢労働者たち』というノンフィクションをもとにした人間ドラマで、役者ではない本物のノマドを出演させるなど、ドキュメンタリータッチの、リアリズムにこだわった演出が特徴である。

Frances McDormand in the film NOMADLAND. Photo Courtesy of Searchlight Pictures. © 2020 20th Century Studios All Rights Reserved

なおここでいうノマドとは、スタバでMacを開く意識高い系の人々ではなく、季節労働の現場を渡り歩く車上生活者のことだ。主演フランシス・マクドーマンドは、本作の撮影にあたって、彼らに交じって暮らし、実際に農作物収穫などハードな短期バイトも行うなどの役作りを行った。彼女はアカデミー賞主演女優賞を受賞した「スリー・ビルボード」(17年)で演じたミルドレッド・ヘイズと本作の主人公ファーン、そして自分自身を「労働者階級出身」という点で強くシンクロさせていると語っている。

「スリー・ビルボード」といえば、“異色のロードムービー”という点でも本作と共通項がある。普通ロードムービーというと、広大なアメリカ大陸を移動し続けることで、そのダイナミックな風景と、鷹揚な国民性の魅力を伝えるのが醍醐味だ。しかし両者は、明らかに「道」を題材にしつつも、主人公女性はある理由からそこにとどまり続ける。とらわれている、と言ってもよい。どちらも暗く、重苦しい作風となっている。

とくに本作の前半は、ファーンは多くのノマドと交流し、心通じ合わせながらも常に「見送る」側として描かれる。彼らが次なる目的地に出発、すなわち去り、彼女だけが取り残される展開が繰り返される。これはファーンが、形の上では車上生活者となりながらも、愛する亡き夫の思い出が残る場所から離れられないからだ。つまりこの映画は、傷ついた1人の女性が、過去の暗喩でもあるこの地を離れ、真のノマドになれるかどうかを描く再生の物語なのだ。

実はこれは大変なことで、なぜなら原作は、高齢季節労働者の悲哀を描いた社会派作品だからだ。つまり映画版は、作品のコンセプトをガラリと変えたことになる。じっさい社会批判は薄いし、格差社会アメリカの恥部を暴くような問題提起も行わない。

しかしこの大変換こそが、今回アカデミー作品賞を勝ち取る決定的な理由になるのではと私は考えている。

Frances McDormand in the film NOMADLAND. Photo Courtesy of Searchlight Pictures. © 2020 20th Century Studios All Rights Reserved

アカデミー賞の歴史、とくに最近のそれを見てみると、驚く程に政治映画ばかりが取り上げられてきたことに気づく。17年の「シェイプ・オブ・ウォーター」を除けば、ここ5年間は格差、移民、LGBT、宗教スキャンダルと、ゴリゴリの社会派映画ばかりが受賞している。

とくに18年は顕著で、作品賞ノミネート8本中5本が「分断社会や格差批判」テーマをはらむ作品。もちろん受賞作『グリーンブック』もそうだ。

この偏りの理由は、当時の映画業界が激しくトランプ大統領と対立しており、一丸となってその政策に対抗していたから。トランプ氏が目の敵にしていた“移民”のトップ集団こそがハリウッドなのだから当然だが、それにしてもアメコミ娯楽映画に至るまで反トランプ的なテーマにあふれていたここ数年の状況は、目に余るものがあった。

だが今年は政権交代し、バイデン大統領が誕生している。宿敵トランプが去った今、ハリウッドがこれまでのような政治色の強い作品を「本年度代表」に選ぶ動機はあまりない。むしろ政治疲れから、穏やかな癒しの作品を選びたくなるのではないか。

そう考えると、社会派ノンフィクションの原作を、傷ついた女性の再生ドラマに「改変」した本作などはうってつけ。トランプがめちゃくちゃにした世の中を「再生」するには何から始めたらいいのか、途方に暮れる映画界のリベラル人にとって、行くあてもなく人生に迷い続けるファーンの姿は大いに共感できるものだろう。

監督が、政治的に激しい対立をしている中国出身の女性クロエ・ジャオというのも、新しい時代と多様性をアピールしたい映画業界人にとっては都合がよかろう。クロエ・ジャオ監督は本作に批判的なメッセージをあえてこめず、逆にファーンの再生の過程を通してアメリカ人の強さと、人々が助け合うアメリカ社会本来のよさを描いた。それは、多くのアメリカ人の琴線に触れるはずだ。

映画『ノマドランド』
小さな企業城下町で暮らす60代の女性ファーン(フランシス・マクドーマンド)は、夫の病死に続き、主要産業の石膏採掘が不況で廃れた影響で全住民立ち退きの憂き目にあう。喪失感から立ち直れぬ彼女は、季節労働の仕事を渡り歩く漂流生活者=ノマドとなるが……。

https://searchlightpictures.jp/movie/nomadland.html

3月26日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
製作国:アメリカ 監督:クロエ・ジャオ
出演:フランシス・マクドーマンド、デヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイ ほか
© 2020 20th Century Studios. All rights reserved.

※時空旅人VOL.61「狩猟<ハンター>と冒険」より

文/前田有一(映画評論家)
HP「超映画批評」で本音の映画批評を展開。雑誌やテレビ番組でも精力的に活動。新著『どうしてそれではダメなのか。~日米中の映画と映画ビジネス分析で、見える世界が変わる』(玄光社)。現在、雑誌「時空旅人」にて旬の映画を歴史や文化的側面から読み解く「超映画史批評」を連載中。

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