シリーズ累計920万部を記録した大ヒット漫画『BLUE GIANT』。ジャズをテーマにした本作は、2023年2月17日(金)にアニメ映画版が公開されるほどの人気ぶり。
(※その他のインタビュー写真などは【関連画像】を参照)
作者の石塚真一さんは、今まで登山やジャズなど自身が好きなテーマで漫画を描いてきたが、いずれも珍しいジャンルと言える。作品づくりにかける想いや、デビュー当時から大事にしている愛用品について伺った。
【プロフィール】漫画家 石塚真一
1971年生まれ。茨城県出身。22歳でアメリカに留学し、帰国後28歳の時に漫画家としての道を歩むことに。2001年の作品『This First Step』で漫画家デビューを果たし、山岳救助をテーマにした『岳―みんなの山―』や、ジャズを題材にした『BLUE GIANT』シリーズなど、ヒット作を生み出し続けている。
■「漫画が人生を変える」20代の頃に受けた衝撃
数多くの読者に愛されている漫画『BLUE GIANT』。主人公の宮本 大が、ジャズとの出会いをきっかけに世界一のジャズプレイヤーを目指していく物語だ。
青年誌『ビッグコミック』で2013年から連載が始まった同作は、第3部に突入している。第1部の日本から、ヨーロッパ、アメリカへと舞台を移し、人との出会いや別れを通じて成長する大の姿が描かれている。
作者の石塚真一さんは、前作でも実写映画化されるほどの作品を生み出しているが、漫画家を目指したのは意外にも遅かった。
「学生のときにアメリカ留学へ行ってたんですが、そこで『漫画ってすげぇな。リアルに人の人生を変えるんだ』って衝撃を受けたんです」
漫画の持つ影響力の大きさを知るきっかけとなったのが、留学先での日本人との出会いだ。わざわざアメリカまで来た理由を尋ねると、漫画の影響を受けて考古学の勉強をしに来たと言う。
「当時、僕自身はあんまり漫画を読んでなかったんです。ただ、その彼に会った時に漫画家という仕事の大きさを感じて、『こんなダイナミックな仕事、いつか挑戦したいな』と思うようになりました」
■面白い、カッコイイと思うものを読者にも感じてもらいたい
アメリカからの帰国後、20代後半で漫画家の道を歩み始めた石塚さん。『岳―みんなの山―』や『BLUE GIANT』を描く動機となったのは、自身が好きなテーマだったことはもちろん、それぞれのカッコよさを読者に伝えたかったから。
「ジャズだと、“知る人ぞ知る”とか“大人の”みたいな印象を持つ人もいるかもしれませんが、もっと知られていいと思うんです。もちろん、理論とかを語り出したら難しく感じてしまう。けれど、もっとライトに感じていい。学生とか若い人でも『すごいな』って思わせてくれる音楽なんですよ」
石塚さんが感じるジャズの魅力は、「わかりやすさ」と「自由度の高さ」だと言う。
「あまり知られていないんですが、主人公の大みたいな演奏をするジャズプレイヤーが実際にいて、見ているだけで感動する。そして演奏を聴くと、音楽が生きているというか、エネルギーの塊みたいなものが伝わってくるんです」
ジャズは一人で作られるものではなく、一緒に演奏する仲間と作り上げていくもの。演奏するうちにそれぞれの音や個性が噛み合い、音楽という言語を使って会話をしているように思えてくる。
「映画版の『BLUE GIANT』で沢辺雪祈の役をされた間宮祥太朗さんとお話しする機会があって、『音楽は人間らしい行為だ』と仰ってたんですよね。僕も全く同じことを感じていて、ジャズは国や言葉が違っても楽譜がなくても演奏できる。世界中の人と繋がれる可能性を持っていて、本当に素晴らしい音楽だなと思っています」
■作品づくりで大事にしているのは“人を描くこと”
2023年2月現在、『BLUE GIANT』シリーズは通算で29巻目が発売されている。ジャズという珍しいテーマでありながら、読者に感動を与え続ける作品を生み出すため、石塚さんはどういったこだわりを持っているのだろうか。
「ジャズ漫画を描きたいって言い出したのは僕なんですが、物語についてはストーリーディレクターのNUMBER 8さんと一緒に考えています。客観的な意見をもらえて、めちゃくちゃ助けてもらってますね」
NUMBER 8さんと石塚さんは、連載が始まる前からの付き合い。二人三脚でストーリーを考えるだけでなく、作画についても彼の存在が大きいと言う。
「気を抜いて描いたら、NUMBER 8さんから『人になってないよ』と言われることもあって、絵には如実に出るんですよね。怒っている絵、悲しんでいる絵、もちろん全部違うんですが、僕の場合は“人を描く”って心の中で唱えながら描いてます」
『BLUE GIANT』の演奏シーンでは聴衆の姿も描かれているが、全員が同じような表情をしているわけではない。難しい顔をしたり、楽しんでいる顔をしたりと、さまざまな表情を見せている。
「例えば、演奏を聴く人がみんな歓喜の顔をしていたら変なんですよね……。ジャズを聴くっていうことは、“何コレ”って理解していない人がいたり、心のままに楽しんでいたりする人もいる。だからこそ、漫画ではリアルな人を見せることにこだわってます」
このほかにも、サックスを吹いている主人公のポーズをはじめ、何気ない時の表情、首の傾きなど、ひとコマひとコマに念を込めて描く石塚さん。リアルな人が描かれた作品を読んでいると、音だけでなく登場人物たちの息遣いも感じられるかのようだ。
■男らしいフォルムに一目惚れした【テナーサックス】
今回の取材では、石塚さんの事務所に伺った。「ちょっと散らかってますが……(笑)」と案内された室内には、漫画や資料が並ぶ本棚をはじめ、ドラムやベースといった楽器も置かれている。前作に関連するアウトドア用品なども置いてあったが、愛用品として紹介してもらったのが「テナーサックス」だ。
「セルマーのスーパーアクションというシリーズのテナーサックスで、20年くらい前に水道橋で買いました」
客観的に音を聴きたかった石塚さんは、店員に何本か吹いてもらい、その中で「いい音がするな」と思ったものを購入した。
「なぜ、アルトじゃなくテナーサックスにしたのかと言うと、口元からの曲線にすごく惹かれたのが一番の理由ですかね(笑)」
アルトサックスの場合、口元から続く部分は直線になっているが、テナーサックスはマウスピースからネックのあたりまで緩やかな曲線美を描いている。
「ノコギリクワガタみたいな曲線のカッコよさがあったのが一つ。あとはサイズ感も気に入ってます。以前、ジャズの写真を見たときに、テナーサックスの方が人とのバランスが良いなって感じたんですよね」
主人公が使っている楽器もテナーサックスであるため、演奏シーンを描く時は実際にサックスを構えている写真を撮って原稿にしていると言う。
「なかなか吹けないこともありますが、何かの縁で一緒になったんで、これからも長く付き合っていきたいですね」
■デビュー当時から使い続けている【Gペン】
原稿作成に欠かせないアイテムの一つ、「Gペン」も愛用品だと言う。近年はデジタルに移行する漫画家も増えてきたが、石塚さんは今でもアナログで原稿を描いている。
「僕以外はみんなデジタルを使えるんで、スタッフたちから『先生も早くアナログから抜けて!』って言われるんですよ。たしかにデジタルの方が表現の幅が広がると思うんですが、ほかにも手描きの先生がいるから、まだいいかなって(笑)」
年季の入ったGペンは、デビュー当時から使っているもの。当初、Gペンで描くときの力加減がわからず難しく感じていたが、何度も描いていくうちに手に馴染むようになった。
「漫画を描いている時、ペンを噛みながらスタッフに原稿をわたすことが多くて、気づいた時にはペン尻の部分も剥げてました(笑)」
そう言いながら、慣れた手つきで線を描き足していく石塚さん。登場人物の表情がイメージと違うとき、もう少し絵を強くしたいときに線を足し、リアルさを追求していると言う。
「新しいものにしたい気持ちもあるんですが、昔からの道具って全然壊れないんですよね」
デビュー当時から一緒に作品を生み出してきたペンは、まさに相棒と言える存在。石塚さんにとって紛れもない愛用品なのだろう。
■有名プレイヤーが写る【JAZZ PORTRAIT HARLEM 1958】
最後に紹介してもらったのが、「ART KANE JAZZ PORTRAIT HARLEM 1958」と書かれたポスターだ。
「アメリカへ取材に行った時に購入したもので、額装は日本で入れてもらいました。ポスター自体は高いものではないんですが、すごく気に入ってます」
一見すると外国人の集合写真のようだが、1950年代のジャズプレイヤーたちが写っていると言う。
「一番前にカウント・ベイシーが座ってて、ソニー・ロリンズやセロニアス・モンクもいたり……。名だたるプレイヤーが集まった有名な写真です」
ポスターに写っているプレイヤーの多くは、すでに亡くなっている。しかし、ジャズの一時代を築いた彼らの功績は大きく、今なお聴き継がれるほど数多くの名曲を残している。
「僕自身、ジャズの漫画を描いているので、この写真はずっと事務所に置いています。なんだか、ジャズの神様たちに見守ってもらっている気分ですね」
■主人公と一緒に答えを探していきたい
登山やジャズなど、自身の好きなものを題材に読者の心に響く作品を生み出している石塚さん。現在の連載が始まった当初は、ここまで続くとは予想していなかった。
「『BLUE GIANT』を描き始めた頃は、日本編の文化祭あたりで終わるかもしれないと思っていたんです。けど、気づいたら大がヨーロッパやアメリカに進出するようになって、想像以上の展開になっていました」
同シリーズは、単行本の巻末に描かれているインタビューの話も特徴的で、通常の物語から数年あるいは十年以上経った世界が描かれている。そこでは、主人公以外の登場人物が取材を受けている様子が描かれ、未来で主人公が活躍していることが伝わってくる。
「1巻でインタビューの話を入れてから、ずっと入れるようにしていますが、辻褄を合わせるために大を一時帰国させたり、苦労したこともありましたね(笑)」
家族や同級生、サックスの師匠、海外で出会った人々など、さまざまな視点から話される大の活躍は、読者に一層の期待感を与えてくれる。今後の漫画の展開や次回作など、石塚さんは何を思うのだろうか。
「次回作についてはまだ考えていないんですが、まずは今の作品を最後まで描き切りたいですね。大は世界一のジャズプレイヤーを目指していますが、“世界一が何なのか”っていうのは僕自身まだ答えを出せていません。だからこそ『BLUE GIANT』を描きながら、大と一緒に世界一の答えを見つけていきたいです」
【石塚真一さんの愛用品】
■テナーサックス|セルマー・スーパーアクション・シリーズ
見た目のカッコよさに惹かれてテナーサックスを選んだが、購入する際には店員さんに吹いてもらって音を確かめた。20年以上の付き合いだが、漫画家になった今では原稿を作る際に欠かせない存在だ。このサックスを構えながら作品の構図を考えている。
■Gペン
アシスタント時代、先生の使っているペンに憧れて購入したと言う。持ち手の部分の凹凸が気に入っており、塗装も薄くなっている。ペン先は交換可能だが、今では取り扱っているお店が少なくなっているのだとか。
■ポスター|ART KANE JAZZ PORTRAIT HARLEM 1958
石塚さんがアメリカ取材へ行った際に一目惚れした写真。額装はお茶の水で入れてもらったと言う。アート・ブレイキーやソニー・ロリンズ、セロニアス・モンクなど、57人もの名だたるミュージシャンが一堂に会した貴重な一枚だ。
【作品情報】
漫画『BLUE GIANT』シリーズ
©石塚真一・NUMUBER8・小学館
第1部の地元・仙台や東京での活躍を描く『BLUE GIANT』に始まり、第2部の『BLUE GIANT SUPREME』では主人公が単身でヨーロッパへと向かう。そして、現在連載中の第3部『BLUE GIANT EXPLORER』はアメリカが舞台。ジャズがテーマとなっているが、人とのつながりや世界一を目指す大の姿は、性別や年齢に関係なく胸を熱くさせてくれる。
出版社:小学館
作者:石塚真一、NUMBER 8
映画『BLUE GIANT』
©2023映画『BLUE GIANT』 製作委員会 ©石塚真一・小学館
ジャズに魅せられた主人公・宮本 大がさまざまな出会いを通じ、世界一のジャズプレイヤーを目指す物語。映画では第1部の内容が描かれており、仙台から上京した大はピアニストやドラマーとトリオを組むことになる。
監督:⽴川譲
脚本:NUMBER 8
声優:山田裕貴、間宮祥太朗、岡山天音 ほか
公開日:2023年2月17日(金)
公式サイト:「BLUE GIANT」
文/菅 堅太 撮影/井野友樹
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