冒頭からひとつだけネタバレを……。この映画には「ハンバーガー」が登場する。それも最高のハンバーガー。いや、この映画自体が「最高のハンバーガー映画」と言ってよいだろう。
私はこの映画のバーガーを見て、本気で「涙が出そうに」なった。リアルもフィクションも含め、ハンバーガーで泣きそうになったのはこれが初めてだ――。
絶賛公開中の映画『ザ・メニュー』。今まで体験したことがないグルメ映画としてSNSを中心に話題を集めているが、観終えた人が必ず食べたくなるという”あの食べ物”について、その道の専門家が徹底解説! 映画のあらすじを交えて紹介する。
■ハンバーガー通が大興奮した『ザ・メニュー』とは

まずはあらすじを――。舞台は小さな島のレストラン。そこへ予約客が集まり、送迎船が帰って行って、絶海の孤島状態になる。
ここまではサスペンスドラマでよくある筋書きだが、この映画のポイントは「料理」がテーマになっている点だ。島のレストラン「ホーソン」で、伝説のカリスマシェフが極上のコース料理を振る舞うのだが、それが序盤だけ登場する申し訳程度の設定でなく、最後まで徹底して描かれ続ける。つまり、サスペンス映画であり、「料理」の映画でもあるという。そんな中、ハンバーガーの登場シーンは……。
私は映画の専門家ではないので、作品そのものの解説はこの辺にしておきたい。この記事で触れるのは、劇中に登場する「ハンバーガー」についてのみ。そこだけにフォーカスして以下説明しよう。
■伝説のシェフが作るのは「スマッシュバーガー」

調理までの“前段”は伏せておいて、まずはパティを焼くシーンから。ここは身を乗り出して興奮した。伝説のシェフが「スマッシュ」でパティを焼いたからだ。
ボール状に丸めたままの挽肉のカタマリを鉄板に乗せ、上からギューッ! と潰しながら焼く調理法、これを「smash burger」という。ヒビ割れた不格好なパティになるが、外側ほどカリカリに焦げ、一方、中心部はしっとりジューシーに焼けて、ビーフの香り芳ばしい「スナック」なバーガーに仕上がる。
日本では「SHAKE SHACK」や代官山の「HENRY’S BURGER」などが7年ほど前からこの方法で焼いているが、近年「Mikkeller Kanda」によって注目され、目下都内を中心にスマッシュを試す店が急増中だ。

そのミッケラーカンダのハミルトン・シールズ氏(アメリカ・ワシントン州出身)によれば、1930年代からある古い調理法で、再び注目されるようになったのは今世紀に入ってから。だからハミルトンさんの幼少期、1990年代には、スマッシュでパティを焼くバーガー店は身近に無かったそうだ。
そんな懐かしくも今どき流行りの調理法を用い、この映画のシェフはハンバーガーを焼いている。”バーガー的”にはここは見どころのひとつだ。
■中身はチーズと玉ねぎだけ

パティは2枚。潰してもなお厚みがあるので150gはあると見た。2枚なのでビーフ300g。それで9ドル95セントは安過ぎだ。
続いてコショウを振るシーン。当然、塩も振っているだろう。さらに細切りの玉ねぎを上に乗せ、少し置いたのちパティごと裏返しに。すると、鉄板とパティの間で玉ねぎが加熱されることに。
裏返したパティの表面にはチーズ2枚。ダブルパティなので計4枚。チーズはアメリカンチーズ=プロセスチーズ。あちらのスライスチーズはサイズが大きいので、1枚20gとして4枚で80g。これはけっこう”cheesy”だ。フタをして蒸らす工程はなく、よってチーズもそこまでビローンとは溶けない。

生野菜なし。ソースをかける描写もなし。バンズの裏にも何も塗っていない模様。バンズはゴマ多めの表面照りなし。「ホーソン」はパンがおいしいと評判のレストランだが、このバンズは市販品のように見える。プロセスチーズ然り、つまり「何てことない材料」で作っている次第。これらを重ねて完成と。厳密には鉄板上でパティ2枚を重ねてからバンズと一緒にしている。
上から押すと流れ出す赤い汁は、ケチャップでも血でもなく、「ミオグロビン」と呼ばれるタンパク質の一種だろう。よくこれを「血」と間違える人がいるが、精肉工場の時点で血抜きはしているので、生焼けで血が滴っているワケではない。

ということで上から、
- クラウン(上バンズ、ゴマつき)
- アメリカンチーズ×2枚
- スマッシュしたパティ
- 軽く炒めたオニオン
- アメリカンチーズ×2枚
- スマッシュしたパティ
- 軽く炒めたオニオン
- ヒール(下バンズ)
という「ダブルチーズバーガー」の完成だ。ドーン! と横幅があって存在感たっぷり。だが、派手でもカラフルでもない、シンプル極まりないチーズバーガー。これがおいしくないワケがない!
顔を近寄せれば、牛くさ~いビーフのにおい。かぶりつけば、堪らぬ塩気と芳ばしさ。レタス・トマトはせっかくの味を薄めてしまうのでナシ。パンの間に肉とチーズと玉ねぎだけ――これぞ最高のバーガー!
■「ふつう」にして究極の一品

しかし、食べた客の反応は決して大きくはない。むしろ口数は少ない。だが、それこそがリアルというもの。
真においしいものと出会ったら、食べるのに夢中になって、押し黙ってしまうもので。こんな時、「おいしい」ほど不便な言葉はない。いわく名状し難い味覚・感覚を伝えるのに、この言葉の何と物足りないことか。だから言葉など不要。おいしく食べればそれで十分。そんな中、ようやく漏れたひと言は……それはぜひ劇場でお確かめいただきたく。

これこそ私が長らく思い描いていた理想のバーガーそのもの。パティとバンズだけで完結するようなシンプルでミニマルなバーガー。特別でも豪華でもない、日常ありきたりな「ふつう」のバーガー。そういうものにこそ真のおいしさがある――。
この映画のバーガーはまさに「ふつう」にして究極の一品。その長年追い続けた「ドンピシャ」のバーガーがスクリーンいっぱいに映し出されて、だから「涙が出そう」になったワケで……(笑)。気になる方はぜひ映画館へ!
【映画情報】
『ザ・メニュー』
TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開中
©2022 20th Century Studios. All rights reserved.
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
公式サイト:「ザ・メニュー」
■「ヴィレッジヴァンガードダイナー」が”インスパイア”バーガーを発売!

あの「ヴィレッジヴァンガードダイナー」が映画に登場するハンバーガーをイメージした期間限定バーガーを発売した。その名も「極上のクラシックチェダーチーズバーガー」!
レギュラーメニューの「究極の和牛クラシックバーガー」をベースにした一品。和牛150gパティ×米粉バンズの組み合わせに、チーズは通常使っているナチュラルチーズでなく、このメニュー用にプロセスのチェダーを使用。生野菜なし。オニオンも入らず。ソース・調味料の類も一切なし。まさにパンと肉とチーズだけのド直球のバーガーだ。
シングルパティとダブルパティの2種類があるが、ここはぜひダブルで行っていただきたい。かぶりつけば、このシンプルな食べ方のおいしさがきっとわかるはず!
【商品情報】
「極上のクラシックWチェダーチーズバーガー」2,590円(税込)
「極上のクラシックチェダーチーズバーガー」1,890円(税込)
販売期間:2022年11月18日(金)~2023年1月31日(火)
販売店舗:ヴィレッジヴァンガードダイナー全店
公式サイト:「VILLAGE VANGUARD DINER」
【松原好秀】
ハンバーガー探求家。2014年に『ザ・バーガーマップ東京』(幹書房)出版。『アメ車マガジン』(文友舎)などで連載中。生涯をバーガーに捧げる「ハンバーガー評論家」(おそらく国内唯一)。
▶︎Ameba blog「ハンバーガー探求家・松原好秀」
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