廃止路線と区間を偲びながら展望する 消えた鉄路と、鉄道の未来

文/松本典久(鉄道ジャーナリスト)
1955年、東京生まれ。幼少より鉄道に慣れ親しみ、鉄道をテーマに執筆活動。趣味としてローカル線の旅もこよなく愛す。近著は「オリンピックと鉄道」(交通新聞社新書)など。
慣れ親しんだ鉄道が消えていく——。その事実はその鉄道を取り巻く全ての人々にとって悲しい。しかし鉄道として活用が困難と判断された時、苦渋の選択が下される。
鉄道は公共交通機関活用あってこそ価値がある
本誌の編集作業が佳境に入った2020年4月17日。この日をもってJR北海道札沼(さっしょう)線の北海道医療大学~新十津川間の運行が終了、5月7日付で廃止となった。
札沼線は線路名称にも表されているが、札幌と沼田を結ぶ路線として計画、昭和10年(1935)に桑園~石狩沼田間111.4kmを全通した。地理的には道央を流れる石狩川を挟んで函館本線がほぼ並行し、札沼線は右岸流域の足となってきた。
しかし、石狩川を渡れば函館本線があるというロケーションは、代替えがあるとも判断され、需要が減ってくると合理化の対象として検討されるようになる。昭和47年(1972)に新十津川~石狩沼田間が廃止されてしまい、新十津川駅を終点とする盲腸線になってしまったのだ。
札沼線はこの姿で国鉄民営化を迎え、JR北海道の管轄となる。札幌側沿線では都市化も進み、複線化や電化も進められたが、末端部では利用減が続く。やがて鉄道としての活用が困難と判断され、今回、札沼線は桑園〜北海道医療大学間28.6kmと最盛期の4分の1ほどに短縮されてしまったのだ。
鉄道は公共交通機関だ。重要のある区間で安定した運行をはかり、その需要を満たしてこそ意味がある。
多くの路線は、並行道路の整備も遅れていた時代に建設されてきた。そこでは人々の足となるだけでなく、物流手段としても重要な役割を担ってきた。しかし道路整備が進み、乗用車やトラックも走り出すと、鉄道を有効に使える需要が限られてきてしまう。さらに時代が進み、鉄道収支に対してシビアな経営が求められてくる。特に晩年の国鉄では再建のための徹底した合理化が求められた。
合理化案は数次にわたって検討課題となったが、本格的に動き出したのは昭和55年(19080)に国鉄再建法こと「日本国有鉄道経営再建促進特別措置法」が定められてからだ。ここでは国鉄線を幹線と地方交通線に振り分け、さらに輸送密度(1日1km当たりの輸送人員)が4000人に満たない場合、合理化策を講じても収支の均衡を確保するのが困難と判断され、廃止あるいはほかの交通機関への転換対象とされた。こうして2万km以上で運行されていた国鉄から3000km以上の路線が消えていった。
この問題は国鉄に限らず、全国各地で運行されてきた私鉄でも同じことだった。公共交通機関を取り巻く情勢は時代と共に変化し、それに対する対応が求められていく。今世紀に入り都市部の鉄道あるいは新幹線で新線が開業する一方、鉄道としての活用を断念せざるを得ない路線も出てきてしまったのである。
鉄道の廃止は寂しいと思う。そうした事態を招かぬように支えるのはやはり活用しかない。
国鉄晩年、廃止候補となった路線を存続させるべく、乗車運動を展開したケースもある。しかし、公共交通機関である以上、一時的な活用でなく日常的な活用で判断すべき問題と思う。沿線人口の推移で活用が困難になり、観光により新たな需要を模索する鉄道も現われたが、それが恒常的に継続するなら何よりと思う。様々な活用継続にエールを送り続けたい。
近年廃止された鉄軌道路線
◎平成12年度以降、全国で44路線(一部区間を含む)が廃止された(2020年5月末現在)。
【平成12年(2000)度以降の全国廃止路線一覧】
| 年度 | 事業者名 | 路線名 | 区間 | 営業 (km) | 営業廃止 (年月日) |
| 12 | 西日本鉄道 | 北九州線 | 黒崎駅前~折尾 | 5.0 | 2000.11.26 |
| 13 | のと鉄道 | 七尾線 | 穴水~輪島 | 20.4 | 2001.4.1 |
| 13 | 下北交通 | 大畑線 | 下北~大畑 | 18.0 | 2001.4.1 |
| 13 | 名古屋鉄道 | 揖斐線 | 黒野~本揖斐 | 5.6 | 2001.10.1 |
| 13 | 名古屋鉄道 | 谷汲線 | 黒野~谷汲 | 11.2 | 2001.10.1 |
| 13 | 名古屋鉄道 | 八百津線 | 明智~八百津 | 7.3 | 2001.10.1 |
| 13 | 名古屋鉄道 | 竹鼻線 | 江吉良~大須 | 6.7 | 2001.10.1 |
| 14 | 長野電鉄 | 河東線 | 信州中野~木島 | 12.9 | 2002.4.1 |
| 14 | 南海電気鉄道 | 和歌山港線 | 和歌山港~水軒 | 2.6 | 2002.5.26 |
| 14 | 京福電気鉄道 | 永平寺線 | 東古市~永平寺 | 6.2 | 2002.10.21 |
| 14 | 南部縦貫鉄道 | 南部縦貫鉄道線 | 野辺地〜七戸 | 20.9 | 2002.8.1 |
| 14 | 有田鉄道 | 有田鉄道線 | 藤並~金屋口 | 5.6 | 2003.1.1 |
| 15 | JR西日本 | 可部線 | 可部〜三段峡 | 46.2 | 2003.12.1 |
| 16 | 名古屋鉄道 | 三河線 | 碧南〜吉良吉田 | 16.4 | 2004.4.1 |
| 16 | 名古屋鉄道 | 三河線 | 猿投〜西中金 | 8.6 | 2004.4.1 |
| 17 | 名古屋鉄道 | 揖斐線 | 忠節〜黒野 | 12.7 | 2005.4.1 |
| 17 | 名古屋鉄道 | 岐阜市内線 | 岐阜駅前〜忠節 | 3.7 | 2005.4.1 |
| 17 | 名古屋鉄道 | 美濃町線 | 徹明町〜関 | 18.8 | 2005.4.1 |
| 17 | 名古屋鉄道 | 田神線 | 田神〜競輪場前 | 1.4 | 2005.4.1 |
| 17 | 日立電鉄 | 日立電鉄線 | 常北太田〜鮎川 | 18.1 | 2005.4.1 |
| 17 | のと鉄道 | 能登線 | 穴水〜蛸島 | 61.0 | 2005.4.1 |
| 18 | 北海道ちほく高原鉄道 | ふるさと銀河線 | 池田~北見 | 140.0 | 2006.4.21 |
| 18 | 桃花台新交通 | 桃花台線 | 小牧~桃花台東 | 7.4 | 2006.10.1 |
| 18 | 神岡鉄道 | 神岡線 | 猪谷〜奥飛騨温泉口 | 19.9 | 2006.12.1 |
| 19 | くりはら田園鉄道 | くりはら田園鉄道線 | 石越〜細倉マインパーク前 | 25.7 | 2007.4.1 |
| 19 | 鹿島鉄道 | 鹿島鉄道戦 | 石岡~鉾田 | 27.2 | 2007.4.1 |
| 19 | 西日本鉄道 | 宮地岳線 | 西鉄新宮〜津屋崎 | 9.9 | 2007.4.1 |
| 19 | 高千穂鉄道 | 高千穂線 | 延岡〜槙峰 | 29.1 | 2007.9.6 |
| 20 | 島原鉄道 | 島原鉄道線 | 島原外港〜加津佐 | 35.3 | 2008.4.1 |
| 20 | 三木鉄道 | 三木線 | 三木~厄神 | 6.6 | 2008.4.1 |
| 20 | 名古屋鉄道 | モンキーパークモノレール線 | 犬山遊園〜動物園 | 1.2 | 2008.12.27 |
| 20 | 高千穂鉄道 | 高千穂線 | 槇峰〜高千穂 | 20.9 | 2008.12.28 |
| 21 | 北陸鉄道 | 石川線 | 鶴来〜加賀一の宮 | 2.1 | 2009.11.1 |
| 24 | 十和田観光電鉄 | 十和田観光電鉄線 | 十和田市〜三沢 | 14.7 | 2012.4.1 |
| 24 | 長野電鉄 | 屋代線 | 屋代~須坂 | 24.4 | 2012.4.1 |
| 26 | JR東日本 | 岩泉線 | 茂市〜岩泉 | 38.4 | 2014.4.1 |
| 26 | JR北海道 | 江差線 | 木古内〜江差 | 42.1 | 2014.5.12 |
| 27 | 阪堺電気軌道 | 上町線 | 住吉〜住吉公園 | 0.2 | 2016.1.31 |
| 28 | JR北海道 | 留萌線 | 留萌~増毛 | 16.7 | 2016.12.5 |
| 30 | JR西日本 | 三江線 | 江津~三次 | 108.1 | 2018.4.1 |
| 31 | JR北海道 | 石勝線 | 新夕張~夕張 | 16.1 | 2019.4.1 |
| 令2 | JR東日本 | 気仙沼線 | 柳津~気仙沼 | 55.3 | 2020.4.1 |
| 令2 | JR東日本 | 大船渡線 | 気仙沼~盛 | 43.7 | 2020.4.1 |
108.1km、本州最長となった廃止路線「JR三江線」(島根県・広島県/江津~三次)

三江線(さんこうせん)は、中国地方を南北に縦断する陰陽連絡線のひとつとして計画された路線だった。線名に託された使命は三次(みよし)と江津(ごうつ)の連絡である。
(写真/遠藤 純 文/松本典久)
▶︎詳しく読む
108.1km、本州最長となった廃止路線「JR三江線」(島根県・広島県/江津~三次)
海や山の美しい車窓風景が楽しめた路線「JR江差線」(北海道/五稜郭~江差)

明治43年(1910)、軽便鉄道法を準用し、函館側から建設が始められたこの路線は、大正2年(1913)に上磯駅まで開通。その後、昭和5年(1930)に木古内(きこない)駅、昭和10年(1935)には湯ノ岱(ゆのたい)駅と順次延伸し、翌昭和11年11月10日に函館~江差間が全通した。
(写真/松尾啓司 文/野田伊豆守)
▶︎詳しく読む
海や山の美しい車窓風景が楽しめた路線「JR江差線」(北海道/五稜郭~江差)
深い谷を分け入って走る姿が感動的「JR岩泉線」(岩手県/茂市~岩泉)

JR岩泉線の始まりは、小本川上流で耐火煉瓦の原料となる耐火粘土が採掘されたため、山田線茂市駅から浅内集落までの区間に、鉄道路線を着工したことであった。それは太平洋戦争が勃発したばかりの昭和17年(1942)という混沌とした時代のことである。当初、路線名は小本線と称されることとなった。
(写真/米屋こうじ 文/野田伊豆守)
▶︎詳しく読む
深い谷を分け入って走る姿が感動的「JR岩泉線」(岩手県/茂市~岩泉)
惜しまれつつも復旧を断念した路線「高千穂鉄道 高千穂線」(宮崎県/延岡~高千穂)

もともと高千穂鉄道は、大正11年(1922)に制定された「改正鉄道敷設法」で「熊本県高森より宮崎県三田井を経て延岡に至る鉄道」と定められた、九州横断鉄道路線のひとつであった。昭和3年(1928)には熊本側の立野駅~高森駅間が、宮地線として開業する。
(写真/米屋こうじ、高千穂あまてらす鉄道 文/野田伊豆守)
▶︎詳しく読む
惜しまれつつも復旧を断念した路線「高千穂鉄道 高千穂線」(宮崎県/延岡~高千穂)
東北一豪華列車と謳われた車両が走った「十和田観光電鉄線」(青森県/三沢~十和田市)

現在もバス事業などを運営している十和田観光電鉄が有した鉄道路線。その前身は大正11年(1922)9月4日、762mmという狭軌を採用した蒸気軽便鉄道として開業した十和田鉄道だ。
(写真/遠藤 純 文/野田伊豆守)
いくつになっても、男は心に 隠れ家を持っている。
我々は、あらゆるテーマから、徹底的に「隠れ家」というストーリーを求めていきます。
