※撮影場所はキャンプ場ではありません。山林所有者に土地使用の許可を得た上で撮影しています。
カビ臭い中古軍用品を携え、軍幕ソロキャンパーが集う
ザザザザーッ……激しい雨が森全体を叩いている。葉にたまった雨は小さな粒となって枝を伝わりここまで落ちてくるが、空を遮るほど密集した木々に守られているから、雨降りでも問題ない。
埼玉県某所の山林。バックパックに詰め込まれたミリタリーギアを携え、軍幕ソロキャンパーが集まった。普段はソロを楽しむ4人が集い、今日は大人の秘密基地・隠れ家を造ろうというわけである。
そもそも軍幕とは何か。その名の通り、軍の幕体(テント)を指す。近年これらを使ったキャンプシーンが人気で、デッドストック品は一部高値で取引されている。主にアメリカ軍、ポーランド軍、ドイツ軍、ハンガリー軍などが出回っているが、正確にいうとこれらは最初からテントと呼べるものではなく、実はポンチョなのである。
ひとり1枚支給されるポンチョを2枚(要は軍人2人分)組み合わせることによって、ひとつのテントが出来上がるというわけだ。すなわちテントとして使う場合は2枚購入する必要があるのだが、コットン製で焚き火にも強いのだ。
快適さを求めてはいけない。あくまでもワイルドに
軍幕キャンパーはミリタリー好きの人が多いので、緑系やカモフラ柄など偏ったギアが増えていく。しかもこれらの中古品は最新キャンプギアの利便性とは全く真逆、実に不便なものが多い。大きく重い、汚い、おまけに臭い!
しかし、それでもそんな道具をセレクトする理由は単に「ワイルドでカッコイイ」とか「ミリタリー感がそそる」などという単純な理由、ただそれだけだ。ここまでくるとわからない人には何が良いのか全く理解できない、異質なカテゴリーであることは間違いない。
さて、今日の秘密基地造りの方はどうか。各自アメリカ軍のパップテントやポーランド軍のワンポールテントを司令部的に設営し、メインとなる直火ファイヤーピットを囲むようにリビングを作っていく。2本の杉にパラコードを渡してキッチンも作られ、木立に囲まれたこの空間は外の世界とは完全に隔離された隠れ家となった。
落ちている木を拾って焚きつけの薪を作り、夜の焚き火酒宴に備える。ブッシュクラフトほど本格的なことはしないが、枝を使ってスプーンを作ったりも。フランス軍払下げのタライの様なアルミの器にはバドワイザーが常に冷えていて、好きな時に好きなだけ飲んでいいスタイル。のんびり飲みつつ静かな森で自分時間を楽しんだ。
薄曇りの森は暗い。各々が愛用するフュアーハンドランタン(オイルランタン)に早々に火が灯されると、そろそろ料理の仕込み時間となる。
焚き火上のファイヤーグリルでは豚バラ肉と塩豚が燻されていて、6時間も燻せば簡易的なベーコンとなり、フランス軍コッヘルではチリビーンズ、スキレットではアヒージョなどが手際よく仕込まれる。バーナーは使わず全て直火焚き火で作るのがいい。
ちなみにこの焚き火、ライターではなくファイヤースターター(火打石の様なもの)と白樺の皮で着火するのだから「この人たち変わった人だね」と言われても我々、返す言葉は何もない。
アーミーグリーンの幕体が真っ暗な森に溶け込む
日が落ちると一気に真っ暗になった森の片隅。4つの軍幕を背にしたファイヤーピットの周りに男たちが集まった。さあ、いよいよ焚き火を使って先ほど仕込んだ料理を完成させていこう。
まずはアヒージョ、パルミジャーノとアンチョビのキュウリサラダで乾杯のハイボールをいただいた。焚き火に放り込んだフランス軍コッヘルでは、チリビーンズがいい具合に煮立っているようだ。
これに合うのはやはり赤ワインだろうということで、ワインをオープン。とはいっても、ボトルの高級ワインなどではない。蛇口が付いている安い「箱ワイン」の方が軍幕キャンプには似合うのだ。
この箱ワインの外箱を剥がして中身のパックを取り出し、その辺の枝に適当にぶら下げておけば、好きな時にワインを注ぐことができる(しかも残量が一目瞭然!)。そんなわけで我々はこれを“軍幕キャンプワイン”と呼んでいる。
さてメインだ。1枚の鉄板から作られている継ぎ目のないタークのクラシックフライパン(ドイツ製)を焚き火で熱々に熱し、ビーフステーキを焼く。肉のドリップをしっかり拭いてから、ガーリックソルトをたっぷり振って、いざ。
焚き火だと火力調整がなかなか難しいのだが、細かいことは気にせずワイルドに焼いていく。煙の薫りがするスモーキービーフステーキは本当に美味しいのだ。
そろそろ件のベーコンが完成する頃か。肉の周りはいい感じに燻されているように見える。フックを外して切ってみると、おぉ完璧。即席炙りベーコンの完成だ。アメリカ産のプレートにこのベーコンとステーキ、チリビーンズ、バケットとトルティーヤチップスなどを盛り付ける。子どもの頃食べた給食みたいでこれが楽しい。
キャンプの趣味嗜好は人それぞれ。快適さを求める人や軽量なギアを好む人もいれば、不便さを楽しむ人もいる。前述の通り、軍幕キャンプは不便を楽しむキャンプスタイルだ。だけどその不便そのものを単純に楽しみたい、それすら楽しみに変えてしまうのも、この軍幕キャンプの魅力のひとつである。
そして究極は、ほかのソロキャンプスタイルでは味わうことのできない男心をくすぐる“何か”が確実にあるということだ。が、ここでその“何か”が何なのかを書くのはやめておこう。言ってしまえばきっとまた「変わった人だね」と思われてしまうはずだから。
※撮影場所はキャンプ場ではありません。山林所有者に土地使用の許可を得た上で撮影しています。
Text/Noriy.K
Photo/Kenji Mukano
▼こちらもおすすめ