■地下の「洞窟」へ潜り景色を独り占めする
(※その他の写真は【関連画像】を参照)
視界いっぱいに広がる日本海を前に息を吸い込むと、ゆっくりと心が解きほぐされていく。海岸線に面した島根県出雲市最西端の町、多伎町。
キララビーチと呼ばれる海辺の景色は美しくもあり、自然の力強さをたたえている。この日本海の荒波に削られてできた断崖の“中”にIZUMO HOTEL THE CLIFFはある。
ホテルが開業したのは昨年5月。8室ある客室は砂浜から10mという断崖の中に造られ、各部屋の円形のテラスが、崖の合間から海に向かって顔をのぞかせる。
まずは1階のフロントで受付を済ませ、エレベーターを使って地下の客室へと向かう。ホテルのコンセプトは“洞窟”だ。地中に潜っていく感覚は、なんとも不思議に感じる。
客室フロアの廊下は照明が抑えられて薄暗く、コンクリート打ちっぱなしの無機質な壁に声が反響する。まさに洞窟といった趣。
だが客室のドアを開けると一変、テラス越しに見える海と空の明るさが、鮮烈に目に飛び込んできた。自分だけの空間に籠りながら、移りゆく景色を眺めていると、本当のぜいたくというものがわかる気がした。
■眺望を最大限に生かした客室とプライベートサウナ
「ここには何十年も前から同じ景色があります。まず、よそから来た人たちがそれに気づき、ホテルができたのです」と話すのは、運営責任者を務める黒川浩輔さん。
設計には、各所に絶景を生かすための仕掛けが施されている。8室ある客室は、じつは部屋の向きが少しずつ変えられているという。
「正面から海を望む部屋、斜めから波の動きを感じる部屋と、わずかな変化でも印象が変わるんです」
客室を印象付けるのは、ジェットバス付きのテラスだろう。このジェットバスに浸かりながら、少しずつ変化していく空の色や海の表情を楽しむ。
日が沈めば、現れるのは月明かり。薄闇の中、波と風の音だけが響く。テラスの丸い形も特徴的だ。先ほどまで外で眺めていたはずの海と空は、丸く切り取られることで、自分だけのものになったような特別感を覚える。
部屋の大半は大きなベッドとソファ、カウンターボードで占められ、設えはスタイリッシュながら非常にミニマム。だが、寝転がったときや、座ったときの姿勢から見える景色も計算されているのだという。
内に籠るように、プライベートな時間を過ごせる本館に隣接して、1日1組限定の別棟ヴィラ「ワンダラスト」というものもある。
こちらは2階建てで7人まで宿泊が可能。窓が大きく解放感があり、テラスの専用ジェットバスや薪式のトレーラーサウナを好きな時間に楽しめる。
サウナといえば、この宿の神髄は、自然との一体感を満喫できるプライベートサウナにあるといってもよい。部屋ごとに時間制で貸切が可能で、人のいないサウナはまさにストレスフリー。
セルフロウリュもあり蒸気浴が堪能できる。ヒノキで作られた広いサウナルームのベンチに腰掛け、海を見ながら汗を流す。どこか露天風呂の感覚に似ているかもしれない。
水風呂と外気浴スペースへの動線も見事だ。サウナルームを出たら、すぐ脇に造られた屋外の水風呂へ。水風呂はそのまま海に続くように見える設計で、ダイナミックな日本海を感じることができる。
クールダウンの後は、隣のスペースに置かれたチェアでの外気浴が最高だ。多伎町は、風力発電の風車が立ち並ぶ風の町。潮風を体に受け、自然を肌で感じる時間は何ものにも代えがたい。
全国から出雲に神々が集結すると伝わる旧暦の10月を、この地では神在月と呼ぶ。神々が海から上陸するという「稲佐の浜」は、ホテルの目の前の浜と地続きにある。白波を立てる力強い日本海を見ていると、そんな神話にも感じ入るものがある。
●特別なウェルカムスイーツ
菓子入れにしているのは、出雲名物の割子そばの容器に使われる丸い重箱。入れ物を開けば、自社のパティシエが手掛ける季節のスイーツが現れる。
■民藝の器が華を添える地産地消の創作料理
さて、部屋やサウナでゆったりと過ごした後は、1階のメインダイニング「GARB CLIFF TERRACE IZUMO」へ。窓際に設けられた長いカウンターやテラス席は特等席だ。というのも、日本の夕陽百選にも選ばれた美しいサンセットが見られるから。
レストランでは地産地消をテーマに、目の前の海で獲れた魚や地元野菜を、和にも洋にも鮮やかに仕上げてくれる。「薪火料理」なるものが名物で、主にクヌギなどの薪を燃やして、専用のグリルで食材にじっくり火を入れる。
今日はアラカルトから「しまね和牛の薪火グリル」を注文することにした。黒毛和牛の「しまね和牛」は、令和4年(2022)に全国2つの大会で優勝したブランド牛。
店ではその日の仕入れによって、ランプかイチボの部位を使う。パチパチと薪がはぜる心地良い音のなかで、分厚い肉があぶられていく様は食欲をかきたてる。
島根生まれのアブラナ科の野菜「あすっこ」を添えて出されたしまね和牛は、薪の香りか、外はカリッと香ばしく、中はしっとりとジューシー。脂のうま味はしっかりとありつつも、後味はさっぱりしている。
「食材は、シェフが生産者のもとに足を運んで仕入れ先を吟味しました。実際に牧場や畑を見ているから、そのこだわりがわかるんです」と話すのは、レストランマネージャーの星秀磨さん。
星さんがお勧めしてくれたのは、地元農家・加田屋のトマトを使ったカプレーゼ。完熟で収穫されたフルーツトマトは驚きの甘さだ。
「筍と鯛の土鍋ごはん」も出色の一品。鯛はレストランから遠くに見える大社漁港で水揚げされたもので、炊いた後も身にうま味が残る。
米は、奥出雲の昼夜の寒暖差によって甘みが蓄えられた仁多米を使用。収穫時期が短い筍は、地元の産地を順番に追いかけていくのだという。
料理を盛り付けるのは、市内にある「出西窯」の器。柳宗悦や濱田庄司らの指導を受けた民藝の窯として知られ、実用的な“用の美”がどの料理も引き立ててくれる。
夜も深まると、空には数多の星が現れる。東京からこのレストランに職場を移した星さんも「ここに来てもう1年ですが、いまだに星空の美しさに驚いています」と笑う。
サービスのチェックのため、ホテルに試泊をしたことがあるという星さんに部屋での過ごし方を聞いてみると、「何もしませんでした」の返事が。
「ただただ景色を見て、自然について考えていました。部屋にいると、この風はどこから吹くんだろう、なぜ波が立つんだろうと、普段は考えないことを思うんです」
科学的な説明がほしいわけではない。人間の本来持っている好奇心、原初的な感情が湧き上がってきたのだという。
「きれいな景色というのはその通りなんですが……もう1歩踏み込んだ自然と向き合う体験は、この場所でできる最大の魅力というか、
不思議な感覚です。ここはそんなことを感じられるホテルです」
IZUMO HOTEL THE CLIFF
島根県出雲市多伎町久村1870
TEL/0853-86-3300
料金/1泊2食付5万9600円~
客室数/8室
チェックイン・アウト/15:00・11:00(プランにより異なる)
アクセス/(電車)JR「小田駅」より車で約5分。(車)「出雲縁結び空港」より約35分。(そのほか)大阪・京都・広島ヘリポートからヘリタクシーでの直接アクセスあり。※詳細は公式HPへ。
●立ち寄りスポット「出雲・湖陵パーキングエリア」
バラエティ豊かな食と土産
崖上に風力発電のプロペラが立ち並ぶ湖陵町一帯を複合施設として開発した「WINDY FARM ATMOSPHRE」内に立地する。飲食店やショップが並び、地元の人も楽しめる多彩な食が自慢。
島根県出雲市湖陵町大池5-1
TEL/0853-43-1970
営業時間/11:00~18:00
定休日/無休
アクセス/JR「小田駅」より車で約5分。(車)「出雲縁結び空港」より約35分
文/中村さやか 撮影/渡部健五(一部提供/IZUMO HOTEL THE CLIFF)
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