「岡山城」(岡山県岡山市)|燦然と金箔瓦が輝く5重6階の黒色の城

豊臣秀吉に厚遇された大名・宇喜多秀家が、秀吉の指導を受け、8年の歳月を費やして慶長2年(1597)に完成させたのが、屋根に燦然と輝く金箔瓦を載せた岡山城だ。

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「津山城」(岡山県津山市)|77棟もの櫓が建ち並んだ城

津山城は本能寺の変で討死した森蘭丸の弟・森忠政が、津山盆地の中央部にある鶴山全体を石垣で囲んで築いた平山城だ。

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「福山城」(広島県福山市)|石高とは比較にならない大きな城

幕末の混迷の時代に老中首座・阿部正弘(七代藩主)を輩出したのが福山藩で、その居城が福山城である。

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「広島城」(広島県広島市)|毛利輝元が河口デルタに築城

「広島城」は天正17年(1589)、毛利輝元によって築城された。地盤の軟弱さに苦しんだというが、輝元は2年後には入城を果たしている。

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「大洲城」(愛媛県大洲市)|藤堂高虎と脇坂安治により近世城郭へ

大洲城の築城は、鎌倉時代末期にまでさかのぼる。伊予の守護などに任ぜられた宇都宮氏が、元弘元年(1331)に築城した地蔵ヶ岳城が、大洲城の前身と考えられている。

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「今治城」(愛媛県今治市)|日本三大水城のひとつ

今治城は、関ケ原の戦いで武功を上げ、伊予半国20万石を領する大名となった藤堂高虎が本城とした城。

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「尼崎城」(兵庫県尼崎市)|徳川大坂城の西の守りとして築城

取り壊し寸前の尼崎城の様子。奥に4重天守があり、手前は本丸南東隅にあった武具櫓(写真:尼崎市立地域研究資料館)。

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「萩城」(山口県萩市)|幕末までの250年間あまり長州藩の拠点

旧式の天守から新式の天守へと移行する時期に造られた城。 石垣より天守1 階の方が大きい(写真:山口県文書館)。

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文◎相庭泰志

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